小規模金採掘と水銀問題
フィリピンの金は、その大半が「統計に現れない場所」で掘られている。 小規模金採掘(ASGM: Artisanal and Small-Scale Gold Mining)は従事者50万人規模とされる一方、正規登録された採掘区域はごく一部にとどまり、産出金の大半は中央銀行ではなく非公式市場に流れる。 水銀アマルガム法が今も現役である。 フィリピンは水俣条約を2020年に批准し、水銀使用は国内法で全面禁止されているが、2026年になっても密輸水銀の押収が続いている。 2025〜2026年の金価格高騰(2026年8月に1トロイオンス4,400〜4,600ドル台)が、この構図を一段と加速させている。
1. 注 最初に ── 数字の性格を区別する
この分野は「同じ国について、桁の違う数字が同時に正しい」という厄介さがある。読む前に次の区別を押さえておく。
| 区別すべき概念 | 意味 | フィリピンでの代表的数字 |
|---|---|---|
| 埋蔵量(reserves) | 経済的に採掘可能と確認された量。基準に依存する | PSA「クラスA埋蔵量」の金:371,260kg(2025年/フィリピン統計庁 PSA 鉱物勘定) |
| 資源量(resources) | 存在は示されているが経済性が未確定の量。埋蔵量より必ず大きい | 鉱山ごとにJORC/NI 43-101で開示(後述) |
| 賦存量(endowment)/潜在性 | 地質学的に「ありそう」な量。推計であり報告基準の外 | MGB「高鉱化ポテンシャル地域 約900万ha」等 |
| 中央銀行の金準備(gold reserves) | 地下ではなく金庫の中の地金 | 133.51トン(2026年第1四半期/BSP、Trading Economics経由) |
| 年間産出量(production) | 実際に掘り出された量 | 2024年 28,870kg(MGB) |
注 英語の "gold reserves" は「地下の埋蔵量」と「中央銀行の地金保有」の両方を指す。 日本語記事でこの2つが混ざった誤訳が非常に多い。
報告基準の違い
| 基準 | 性格 | フィリピンでの使われ方 |
|---|---|---|
| JORC Code(豪)/NI 43-101(加) | 上場企業の資格者(Competent/Qualified Person)による開示基準。金価格前提・カットオフ品位を明示する義務 | オセアナゴールド(OceanaGold)ディディピオ鉱山(Didipio Mine)、B2Gold のマスバテ金鉱(Masbate Gold Project)が採用 |
| Philippine Mineral Reporting Code(PMRC 2020) | 上記のフィリピン版。PSE(比証券取引所)開示で使用 | オセアナゴールド・フィリピンが2026年3月にPMRC2020ベースの改訂鉱山計画をPSEに開示(鉱山寿命を2037年まで延長、金価格前提2,200ドル/oz) |
| UNFC-2009 → PSAの鉱物勘定 | 国連分類。クラスA=商業的に回収可能、B=潜在的、C=非商業的。金額評価はクラスAのみ | PSA「Mineral Accounts of the Philippines」(SEEA-CF 2012準拠、割引率10.0%) |
| 政府の推計・業界の主張 | 報告基準の外。数字の再現性がない | 「ディワルワルに18億ドル分の金が眠る」等 |
注 「フィリピンは世界第2位の金埋蔵国」という主張は裏が取れていない。 Rappler のファクトチェックは、中央銀行の金保有量で見ればフィリピンは世界26位前後(2022年第4四半期157.06トン、米国は8,133.46トン/World Gold Council・IMF)であり、この主張は成り立たないとしている。元ネタとして最も有力なのは、MGB(鉱山地球科学局)自身の広報資料にある「単位面積あたりの鉱床賦存density で金は世界第3位」という限定つきの表現で、「単位面積あたり」という条件が落ちて絶対順位の話に化けたとみられる。本資料では「世界第2位」は採用しない。
2. ASGMの規模 ── 「70%」と「1%」は両方正しい
| 項目 | 数値 | 年・出典 |
|---|---|---|
| 小規模金採掘の従事者 | 約50万人 | planetGOLD Philippines(GEF資金/UNEP・UNIDO実施) |
| 間接的に生計を依存する人 | 約200万人 | 同上 |
| ASGM活動のある州 | 82州中40州以上 | 同上(NCSSMPI・BAN Toxicsは「30州以上」と表現)。(2026-08-25 相互照合で「81州中」→「82州中」に修正。2022年9月17日のマギンダナオ分割で州数は81→82。2026-08-26 出典差し替え:PSA「2022年第3四半期 PSGC 更新 ── マギンダナオ州の分割ほか」が「RA 11550 に基づき、2022年9月17日実施の住民投票で批准され、マギンダナオ州はマギンダナオ・デル・ノルテとマギンダナオ・デル・スールに分割された」と記録しており、これにより全国の州数が81→82になった。あわせて RA 11550 原文(lawphil.net) ならびに COMELEC の住民投票関連決議(comelec.gov.ph 収録 Res. No. 10816 ほか)。原文が81としているのは分割前の値) |
| 国内産金に占めるASGMの割合 | 70%(planetGOLD)/約75%(NCSSMPI, 2025〜2026年) | planetGOLD/全国小規模鉱夫連合(NCSSMPI)2026年4月 |
| 別系統の従事者推計 | 20万〜30万人 | BSP関連報道 |
| 公式統計に載るASGM産金 | 2019年に記録産金量の1.26%(6億ペソ)まで低下 | World Gold Council「Central Bank Domestic ASGM Purchase Programmes」 |
この「70%」と「1.26%」は矛盾していない。 前者は実際に掘られている量の推計、後者は中央銀行BSPを通じて公式に記録された量である。つまり差分がまるごと非公式流通に消えている。
注 50万人という数字は2019年前後のplanetGOLD推計であり、2025〜2026年時点の実測ではない。 業界団体・NGO・国連機関がこの数字を繰り返し引用しているが、一次的な全国センサスは未確認である。
参考:大規模鉱業側の公式統計(MGB)
| 期間 | 金の産出量 | 産出額 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2024年 | 28,870kg | 1,263.6億ペソ | 金がニッケルを抜き最大品目に |
| 2025年1〜9月 | 20,500kg(−5.3%) | 1,174.2億ペソ(+28.9%) | 数量減・金額増 |
| 2026年1〜3月 | 5,850kg(−24.7%) | 537.8億ペソ(+31.2%) | 金属鉱物生産額の65%を金が占める |
数量は減り、金額は増える。これが2025〜2026年の金セクターの基本形である。最大の金生産者はマスバテ金鉱(フィルミネラ・マイニング/Philippine Gold Processing & Refining、2026年Q1に1,646kg)。
3. 法制度 ── RA 7076 と Minahang Bayan
根拠法と主要な行政命令
| 法令 | 年 | 要点 |
|---|---|---|
| PD 1899 | 1984年 | 旧・小規模採掘法。RA 7076により実質的に置き換えられたと司法省が解釈 |
| RA 7076(People's Small-Scale Mining Act) | 1991年 | 小規模採掘の基本法。Minahang Bayan(People's Small-Scale Mining Area)の指定制度を創設。産出鉱石は年5万トン以下、契約区域は20ha以下。産出金はBSPに売却する義務 |
| EO 79 | 2012年 | 鉱業政策の包括見直し。鉱物処理における水銀使用を禁止 |
| DAO 2015-03(RA7076改訂IRR) | 2015年 | 水銀の全面禁止、compressor mining(潜水採掘)とhydraulickingの禁止。小規模採掘の対象金属を金・銀・クロマイトの3種に限定。処理はMinahang Bayan内の集中カスタムミルのみ |
| DAO 2022-03(現行の改訂IRR) | 2022年4月29日施行 | DAO 2015-03を差し替え。Minahang Bayan指定手続きを整理(PMRB申請→MGB地方局→MGB本局→DENR長官クリアランス→ECC提出後にPMRBが宣言) |
| RA 11256 | 2019年 | BSPに金を売る登録小規模鉱夫・認定業者を所得税・物品税から免除(後述) |
注 Minahang Bayanに指定されただけでは採掘できない。 MGB-CARが明示している通り、RA 7076第11条に基づく小規模採掘契約(Small-Scale Mining Contract)がDENRから発給されて初めて操業できる。「指定=合法化」ではない。
指定の進捗と機能不全
| 指標 | 数値 | 年・出典 |
|---|---|---|
| 承認済みMinahang Bayan申請 | 53件/保留 224件 | 2022年時点/Altermidya・Rappler(2023年10月報道) |
| 宣言済みMinahang Bayan | 63件/保留 209件 | 別報道(時点特定不能・未確認) |
| コルディリェラ地方(CAR) | 15件(2025年11月時点) | MGB-CAR |
| ダバオ地方 | DENRクリアランス取得 5件(計339ha)/地方宣言のみで保留 9件 | MGB・PIA(2025年) |
| ベンゲット州の小規模採掘実態 | 約8,000か所・約3万人 | ベンゲット州環境部局 |
この対比が問題の核心である。 ベンゲット州だけで約8,000の操業がある一方、全国の正式なMinahang Bayanは数十件規模にとどまる。「小規模採掘=ほぼ無登録・非合法」が実態的な既定値になっている。
2025年の直近事例: - 2025年11月5日、カリンガ州PMRBがバルバラン町タラランのBanao Bodong Tribal Association(BBTAI)区域 161.25ha をMinahang Bayanに宣言(DENR長官クリアランスは2025年8月18日付)。これでCAR内15件目。 - 2025年5月、ベンゲット州PMRBがトゥバ町キャンプ4のBenguet Federation of Small-Scale Miners向けに 31.25ha を宣言。
注 審査は政治日程で止まる。 2025年5月22日のロイサガ(Maria Antonia Yulo-Loyzaga)環境長官辞任とロティリャ(Raphael Lotilla)長官への交代により、ダバオ地方の9件の審査が滞ったと報じられている。
2025〜2026年の法改正の動き
- 下院法案5840号「Minahang Bayan Act」(TUCP党派名簿提出):RA 7076の全面改正案。許認可の簡素化、地方鉱業規制委員会にMinahang Bayanゾーンの宣言・管理権限を付与、先住民・地域住民との協議義務、安全法規の執行と水銀等の危険な手法の禁止を規定。注 提出時期は報道により「2024年11月」「2025年11月」と食い違い、未確認。
- 下院法案9311号(エリック・ヤップ議員/Eric G. Yap):RA 7076第4条を置き換え、第8条(登録・免許)を改正。
- 先行案として HB 6408(2022年11月、メンドサ副議長/TUCP)があった。
- 2026年4月26〜28日、マウンテン州サガダでNCSSMPI(全国小規模鉱夫連合)第7回総会。59団体・200人超が参加し、HB 5840の成立を要求。会長はジョセフィン・バロンガ(Josephine Balonga)。同連合は「RA 7076は現状に合っておらず、形式化を阻害してきた」と主張。事務局はNGOのBAN Toxics。
- 同総会でベンゲット州・マウンテン州向けに Compassionate Gold Project(デンマークのNGO Diálogos 資金)が始動。
4. 主要産地
ディワルワル(Diwalwal / Mount Diwata、ダバオ・デ・オロ州モンカヨ町)
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 発見 | 1983年9月、ルマド(先住民)のカミロ・バナド(Camilo Banad)がマウント・ディワタの渓流で金を発見(1982年とする資料もある) |
| ゴールドラッシュ | 3年で人口 約12万5,000人 に膨張。軍脱走兵、元反乱兵、銃器密売人まで流入 |
| 名称 | 公式名は Barangay Mount Diwata。「ディワルワル」はセブアノ語の俗語で「疲れて舌が垂れる」の意。"Diwata" は精霊・女神 |
| 区域 | Diwalwal鉱物保留地(DMRA)8,100ha(モンカヨ町+ダバオ・オリエンタル州ボストン・カテエル)。うち小規模採掘区域は 729ha(DENR AO 66) |
| 従事者 | 約3万人(多くが非合法) |
| 「残存埋蔵」 | 注「18億ドル相当」「270万オンスの高品位鉱」という数字が繰り返し引用されるが、JORC/NI 43-101等の報告基準に基づかない地方政府・報道ベースの推計であり、埋蔵量とも資源量とも特定できない |
汚染:鉱石はボールミルで粉砕後、水銀でアマルガム化し、屋外でブロートーチ加熱する。ナボック川(Naboc River、アグサン川支流)が水銀とシアンで重度に汚染。 英国主導の調査(Appleton ら, 2006年, Science of the Total Environment):ナボック川の泥に 90 mg-Hg/kg 以上、灌漑された水田土壌の平均 24 mg-Hg/kg(英国・カナダの農地基準、オランダの介入値、USEPAのスクリーニング値をいずれも超過)。灌漑を受けなかったトウモロコシ・バナナ畑は0.05〜0.99 mg/kgで正常範囲。下流のナボック共同灌漑地区の約600農家が影響を受けた。
行政の動き: - 2019年、DENRがゴールドラッシュ地区の 1,797基のCIP(炭素吸着)プラント・ボールミル に閉鎖命令。 - 2025年7月4日、マルコス大統領が大統領令88号(EO 88)に署名し、National Task Force Diwalwal を再編・強化。DENR長官を新たな議長に据えた。理由は「DMRAで無許可採掘が再開している」こと。少なくとも2河川がシアン化ナトリウムで汚染されているとされる。 - 2024年1月18日、ディワルワルの土砂崩れで 11人死亡(うち1家族7人)。2005〜2007年にも土砂崩れで約50人が死亡。
注 混同注意:2024年2月6日にダバオ・デ・オロ州マコ町マサラで98人以上が死亡した土砂崩れは、ディワルワルではなく大規模鉱山Apex Miningの鉱区周辺で起きた別の災害である。
パラカレ(Paracale、カマリネスノルテ州)── 「Goldtown」
- 地名は "para cale"=「水路を掘る者」に由来。スペイン到来以前から金を採り、中国商人と交易していた。
- 1571〜1572年、フアン・デ・サルセド(Juan de Salcedo)が金の噂を聞いてマンブラオとパラカレを訪問。1626年に町の近傍で大規模な鉱床が確認された。1688年の記録では鉱夫の賃金は週3レアル+食事。
- パラカレ金鉱床はフィリピン最古とされ、1939年以前の累積産金が300万オンス超。1930年代には浚渫船・水力採掘が入り「フィリピン一裕福な町」と呼ばれた。
- 現在、全27バランガイに採掘活動が分散。カマリネスノルテ州のASGMは約1万1,000世帯の生計を支える(ILO)。
- 汚染研究:2025年の堆積物・尾鉱研究(Journal of Degraded and Mining Lands Management)では、水銀とヒ素が最も深刻な汚染物質で、地球化学的蓄積指数・潜在的生態リスク指数のいずれでも最高評価。2022年の研究(Environ Sci Pollut Res)では東岸側の大気水銀が 6.1〜25.8 ng/m³(西岸側は1.4〜9.9 ng/m³)、森林土壌の総水銀が東 0.496±0.439 mg/kg に対し西 0.081±0.028 mg/kg。
- 毎年 パビリク祭(Pabirik Festival) で金採掘の歴史を祝い、パラカレ金鉱ミニ博物館がある。
イトゴン(Itogon、ベンゲット州)
- 州環境部局によれば州内に約8,000の小規模採掘操業・約3万人。多くはベンゲット・コーポレーション(Benguet Corporation)の特許鉱区内にあり、同社が去った旧坑道で作業している。自前のMinahang Bayanを立てられない構造的理由がここにある。
- 2019年1月15日、イトゴン町ロアカン(Loacan)でCAR初のMinahang Bayanが開設され、Loacan Itogon Pocket Miners Association(LIPMA)と政府の間に地域初の小規模採掘契約が締結された。場所はベンゲット社の特許鉱区内。
- 直近の事故:
- 2025年11月27日、アクパン(Acupan)キャンプ1で長雨による地滑り。当初30〜40人が生き埋めと見られたが、130人超が坑内にいたことが後に判明、全員無事。
- 2025年12月30日、シティオ・アクパン「キャンプ1000」の私設坑道で 18歳と33歳の鉱夫2人が遺体で発見。外傷がなくガス中毒が疑われている。
2018年イトゴン地滑り(台風オンポン/Mangkhut)
2018年9月15日 13時頃 台風オンポン(国際名マンクット)の豪雨
イトゴン町ウカブ(Ucab)バランガイ シティオ・ファーストゲート
小規模鉱夫の宿舎「Level 070」(連結した2棟のコンクリート住宅)が土石流で埋没
約2haが崩落
降雨量 9月14日 250.2mm、9月15日 535.6mm(PAGASA)
※地盤崩壊の目安とされる24時間10mmを大幅に超過
死者 9月22日時点69人 → 9月25日時点78人(うちLevel 070が50人)
最終的に 87人死亡・12人行方不明(2018年9月29日/DILG-CAR)
犠牲者の出身 イフガオ州知事によれば、死者・行方不明者の80〜90%がイフガオ州出身の出稼ぎ鉱夫
その後 9月17日、シマツ(Roy Cimatu)環境長官がイトゴンおよびCAR全域の
小規模採掘停止と全鉱業許可の取消を命令
「National Task Force Mining Challenge」を設置、2日間で 539の坑口を閉鎖
注 DENR自身は「地滑りは採掘活動が原因ではない」と結論づけている。 MGB-CARのフェイ・アピル局長は、崩落起点に採掘操業はなく、破砕帯と急斜面による極めて危険な地形に極端な降雨が重なったと説明した。それでもDENRは全Minahang Bayan申請の見直しとベンゲット州の小規模採掘停止を命じた。 注 この停止命令は簡単には解除されなかった。 2022年時点でもベンゲット州選出議員が「一時停止措置の解除」を新環境当局に諮ると鉱夫に約束している段階だった。「災害→一律停止→合法化は進まない→非合法採掘が戻る」というサイクルが、この分野の典型的な帰結である。
スリガオ/カラガ地方(Surigao・Agusan)
- カラガ地方は「アジアのニッケルの首都」として知られるが、非合法の小規模金採掘と闇市場向け販売も広く存在する。
- 2025年11月8日、アグサン・デル・ノルテ州サンティアゴ町でNBI第13地方局・MGB・国軍の合同作戦により、中国人が運営していたとされる非合法金鉱を摘発。重機を押収し、無登録の中国人操業者を逮捕(注発言者を本資料は「MGBカラガ地方局長 エンジニア・ラリー・エラデス」とするが、分野「金の埋蔵量と鉱床」10章および「レアアースと戦略鉱物」4-1 は同名の Larry Heradez を MGB局長(本局長官) としており、役職が食い違う=未確認。同一人物かどうかを含め原典確認が必要。2026-08-25 相互照合で注記)。2025年10月1日にはアグサン・デル・スル州で入管が中国人4人を無査証就労で逮捕。
- スリガオ・デル・スル州バロボ町のロニー・マルティサノ(Ronnie Martizano)町長は2025年10月、河岸での重機を使った非合法採掘に反対し殺害脅迫を受けていると証言。ジョニー・ピメンテル(Johnny Pimentel)州知事による3度の停止命令が無視されているという。
- スリガオ市のパランパラン水源地では、非合法鉱夫に金買取業者が水銀を含む薬品を供給していると報じられ、地元水道事業者が警戒している。
- 手掘りの砂金採りから重機による機械化採掘へ移行したことで、「生存のための採掘」と「非合法な商業採掘」の境界が曖昧になったというのが2025〜2026年のカラガ報道に共通する論点である。
5. 水銀 ── アマルガム法と健康被害
手法
鉱石をボールミルで粉砕 → 金属水銀を加えて金と合金(アマルガム)化 → 屋外でブロートーチ加熱して水銀を蒸発させ金を残す。この最終工程で水銀蒸気が直接呼吸域に放出される。注 whole ore amalgamation(鉱石丸ごとのアマルガム化)と屋外・住宅地での焼成は、水俣条約第7条・付属書Cで各国が「排除する」と定めた行為そのものである。
使用量と汚染
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| ASGMの年間水銀排出・放出(推計) | 113トン/年 | 2008年/DENR(UNEP Toolkit使用) |
| 金1gあたりの水銀使用量 | 平均19.2g(幅1.5〜149.0g) | 水銀フロー分析研究(PMUG誌 2018年) |
| 1事業者あたりの月間水銀使用 | 20〜40kg | 2025年/DENR-EMB委託・BAN Toxics実施の水銀マテリアルフロー調査 |
| 位置づけ | ASGMはフィリピン最大の水銀排出源 | planetGOLD/Minamata Initial Assessment 2019 |
注 2025年のマテリアルフロー調査は、ASGMでの水銀使用量が「公式輸入統計を大きく上回る」ことを示した。 すなわち、差分は密輸で国内に入っている。フィリピンには水銀鉱山がなく、国内法・規制はすでに整備済み(BAN Toxicsのジャム・ロレンソ氏)であるため、論点は立法ではなく水際と流通の執行にある。
健康被害 ── 「水俣病様症状」の扱いには注意
- Drasch ら(2001年)「The Mt. Diwata study on the Philippines 1999」(Science of the Total Environment):ディワルワル・モンカヨ住民とダバオ市の対照群を、問診・神経学的診察・神経心理検査で比較した代表的研究。
- 注 この研究では、モンカヨ鉱区近傍の住民の毛髪総水銀はダバオ市対照群と比べて有意に高くなかった。 毛髪水銀だけを指標にすると曝露を見逃す。
- 1990年代末の英国主導調査に関する報道では、ナボック川流域住民の最大38%が「水銀中毒」と判定されたとされる。注 この「38%」の判定基準・査読状況は本資料では未確認。
- 注 ディワルワルの事例を「水俣病」と同一視するのは正確でない。 水俣・新潟の急性期は極めて高濃度のメチル水銀曝露(新潟の一例で毛髪390ppm)だったのに対し、ディワルワルは金属水銀蒸気の職業曝露+汚染された米・魚を介した慢性低〜中濃度曝露が主である。ただし水俣地域の追跡研究でも、毛髪水銀が10ppm未満でも手袋靴下型感覚障害などの神経症状が高率に見られており、「毛髪水銀が低い=健康影響なし」でもない。
- カラガでは、アグサン川河口ブトゥアン湾のマングローブ貝(Polymesoda erosa)と堆積物の研究(2025年)で、堆積物の水銀が 4.45±0.64 mg/kg(上部地殻平均の約89倍)と報告されている。
6. 水俣条約とフィリピン
| 時点 | 事項 |
|---|---|
| 2013年10月10日 | 熊本で条約採択。フィリピンは採択当日に署名 |
| 2016年1月〜2019年9月 | DENR-EMBが「Minamata Initial Assessment(MIA)」を実施。UNEP Toolkitで国内水銀インベントリを更新 |
| 2017年8月16日 | 条約発効 |
| 2020年7月8日 | フィリピンが批准(123番目の締約国) |
| 2024年6月 | 条約事務局長モニカ・スタンキェヴィッチが訪比、水銀取引ワークショップと水銀フリーASGM現場を視察 |
| 2025年11月3〜7日 | COP-6(ジュネーブ)。1,000人超が対面参加、22の決定を採択 |
| 2027年 | COP-7。IPENは「2032年までにASGMでの水銀許容使用を廃止する」条約改正案を議題化しようとしている |
COP-6の結果 ── ASGMについては期限が入らなかった
- COP-6の目玉は「歯科用アマルガムの2034年までの使用終了」であり、ASGMの水銀フェーズアウト期限は採択されなかった。
- ASGMについて採択されたのは、脆弱な立場にある鉱山コミュニティへの代替生計手段の提供の重要性の確認、先住民・地域社会のASGM国家行動計画(NAP)への実効的関与に関する暫定ガイダンス案、昆明・モントリオール生物多様性枠組との相乗効果ロードマップなど。
- フィリピンのBAN Toxicsは、COP-6を前にNCSSMPIと協議を重ね(2025年10月)、「権利ベース・公正な移行(just transition)の枠組みに沿ったフェーズアウト期限」の採択を求めたが実現しなかった。IPENは「水銀条約は金採掘の危機に対応できなかった」と評価している。
国内実施の現状
- ASGM国家行動計画(NAP、条約第7条)はスイス政府資金・UNIDO支援で策定済み。
- 水銀使用はEO 79(2012年)とDAO 2015-03/2022-03ですでに全面禁止。それでも使われ続けている。
- 2025年7月9日(批准5周年)、BAN ToxicsがFacebook Marketplace上の液体水銀の販売23件を摘発報告。Lazada・Shopeeでの出品も確認。水銀は鉱山周辺の金物店・金買取店でも普通に買える。
- 2026年4月21日、インドネシア当局がジャカルタで、絨毯のロールに隠された液体水銀 約760本 を押収。仕向地はダバオ市だった。 5月13日にジャカルタ首都警察の記者会見で公表され、6月2日に Nexus3 Foundation、CRPG Indonesia、BAN Toxics、IDIS、EcoWaste Coalition が合同声明で摘発を評価した。
- BAN Toxicsのアーリーン・オンラーデ(Arleen Honrade)は、水銀が使われ続ける理由を「水銀フリー代替技術への政府支援が足りないから」と説明。ASGM人口の約75%が生存採掘(subsistence mining)で、日々の食費をようやく稼ぐ水準という貧困構造が根底にある。
7. 水銀フリー技術
注「ボルネオ法」という呼称について
注 調査した限り、「ボルネオ法(Borneo method)」という名称の水銀フリー技術は、フィリピン関連の一次資料に見当たらない(未確認)。 実在するのは以下の2つで、混同されている可能性が高い。
| 技術 | 内容 |
|---|---|
| ボラックス法/重力+ホウ砂法(Gravity-Borax Method, GBM) | 発祥は「ボルネオ」ではなくフィリピンのベンゲット州。鉱石を粉砕→スルース(felt敷き)で重鉱物を捕捉→パンニングで精鉱→ホウ砂(borax)を混ぜてブロートーチで溶融し、融点を下げて金を沈降させる。30年以上前にベンゲットの小規模鉱夫が独自に確立し、同地域で約2万人が採用したとされる。デンマークの地質学者ピーター・アペル(Peter W.U. Appel)とレオンシオ・ナオイ(Leoncio Na-Oy)が2012年に Journal of Health & Pollution で報告し、この「フィリピン発の技術」がインドネシア領ボルネオ(カリマンタン)などへ移転された。この移転の方向性が「ボルネオ法」という誤称の源と考えられる |
| MFPS(Mercury-Free Processing System) | planetGOLDが設置した設備型システム。重力濃縮(螺旋濃縮機・遠心濃縮機・シェイキングテーブル)+シアン-アミノ酸混合液による浸出。尾鉱はメタ重亜硫酸ナトリウムで無害化 |
ボラックス法の経済性と限界
- コスト:ナオイ氏によれば、金1kgの回収に必要なホウ砂は 400g(1kgあたり約40ペソ)。同量を水銀でやると 約3万ペソ相当。
- 回収率:ウガンダでの比較試験では、アマルガム法が53分で純金1.0g(水銀4g使用)、フィリピン式が62分で 1.4g(+40%)。時間は9分長いだけ。
- 注 万能ではない。 自然金が肉眼で見えない鉱石では機能せず、金が硫化鉄に内包される鉱石では事前焙焼が必要。このためベンゲット以外への普及が進んでいない。
- 2014年、BAN Toxicsがディワルワルに重力+ホウ砂の実証施設を開設。コンポステラバレーの鉱夫がベンゲットまで視察に来た経緯がある。
planetGOLD Philippines(2019〜2025年)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 枠組み | GEF資金、UNEP・UNIDO実施、AGC Philippines執行、DENR・MGBと連携 |
| 期間 | 2019年開始の5年(実質6年)プロジェクト。2025年7月1日に閉会式、事業は2025年9月に終了 |
| パイロット地 | サガダ(マウンテン州)とパラカレ(カマリネスノルテ州) |
| MFPS-1(パラカレ) | 処理能力 日量約3.5トン、金回収率 80%以上 |
| MFPS(サガダ) | 処理能力 日量3〜4トン、目標回収率60%以上。Northern Sagada Barangay Small-Scale Miners Association に移管 |
| 回収率の改善 | アマルガム法の20〜40% → 80%(MGB技師ベルナルド・ビタンガ)。設備投資は3年で回収可能との試算 |
| 形式化 | 2024年末時点で約600人の鉱夫が合法的地位を取得 |
| 安全 | 5日間の鉱山救助・安全訓練で北サガダの48人が受講 |
| 設計情報 | プロジェクトマネージャーのアビゲイル・オケーテ氏は「MGBから情報が取れる。すべてオープンソース」と述べている |
注 批判もある。 鉱夫からは「処理施設が鉱区から遠すぎて採算が合わない」との声があり、BAN Toxicsのオンラーデ氏は「薬品を使わない技術に投資し、水銀の国内流入を止めるほうが有効だった」と指摘している。また合法操業の鉱夫しか施設を使えないため、無登録が大半という現実との間にギャップがある。
8. compressor mining・労働災害・児童労働
compressor mining(潜水採掘)
- 沿岸・河川の泥水中に幅が肩幅程度の木製の縦坑を掘り、地上のディーゼル式コンプレッサーから細いチューブで送気を受けながら、数時間潜って掘る手法。深さ10m級。
- リスク:溺死、減圧症(the bends)、細菌性皮膚感染。パラカレでは "romborombo" と呼ばれる強い痒みを伴う皮膚症状が報告されている。コンプレッサーが止まれば即座に致命的。
- HRWは「この手法を他国では確認していない」としており、フィリピン固有の慣行とみられる。
- 2015年3月、政府が compressor mining を禁止(DAO 2015-03に明文で「小規模採掘契約区域内のいかなる段階でも hydraulicking または compressor mining に頼らないこと」)。一部バランガイは以前から独自に禁止していた。注 禁止後も減少したにとどまり、カマリネスノルテでは重要な生計手段として継続している。
児童労働
| 出典 | 内容 |
|---|---|
| ILO(2011年推計) | 45か所のASGM現場で19,000人の児童が就労。坑内、または地上での金の回収・鉱石の運搬・精錬に従事。注 ILOのASGM児童労働ページ(2024年12月版)も依然この2011年推計を引用しており、2024〜2025年の更新値は未確認 |
| HRW報告書(2015年9月30日、マニラ発表) | 「"What…if Something Went Wrong?": Hazardous Child Labor in Small-Scale Gold Mining in the Philippines」全39ページ。2014〜2015年にカマリネスノルテ州・マスバテ州で現地調査、135人以上に聞き取り、うち9〜17歳の児童鉱夫65人。9歳の児童も確認 |
| 危険の内容 | 深さ25m(80フィート)の不安定な立坑、潜水採掘、水銀での金処理。2014年9月にはカマリネスノルテ州ラボ近郊マラヤで兄弟2人(17歳と31歳)が坑内で死亡 |
| HRWの評価 | 「フィリピン政府は危険な児童労働を法律で禁じているが、執行はほとんど行われていない」(ジュリアン・キッペンベルク) |
| フィリピン国内NGO調査 | 鉱山地域に住む児童の14%が採掘に従事、主に11〜17歳 |
| ILO CARINGゴールド鉱業プロジェクト | 米労働省(USDOL)資金。対象はカマリネスノルテ州ラボ町・パラカレ町、南コタバト州トゥボリ町。Minahang Bayanの合法化支援、倫理的金ブランド「Compassionate Gold」をトゥボリでパイロット |
| 注 | 2017年の政府プログラムでマラヤの児童は一度は労働から解放されたが、COVID-19禍で多くが危険な労働に戻った |
9. 金の密輸と非公式流通 ── 統計に現れない構造
制度の建て付け
RA 7076により、BSP(フィリピン中央銀行)は小規模鉱夫から金を買い取り輸出できる唯一の機関であり、小規模鉱夫は産出金をBSPに売る義務を負う。BSPは買い取った金を精錬し、国際地金市場で通用する形にして外貨準備に組み入れる。
2011年の税制と「崩壊」
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1997→2011年 | BSPへの小規模金売却額が 45億ペソ → 346億ペソ に増加 |
| 2011年 | 物品税2%+源泉徴収税5%=計7%が課税開始。BSPの買取量はほぼゼロ(99%減)に |
| 2019年 | 公式ASGM産金は記録産金量の 1.26%(6億ペソ/約1,200万ドル) まで低下 |
| 2019年3月 | RA 11256成立(外貨準備強化法)。登録小規模鉱夫・認定業者のBSP向け売却を所得税・物品税から免除 |
| 2020年 | BSP買取が 115,800トロイオンス(2019年は10,207トロイオンス)へ 約10倍に急増 |
それでも闇市場が勝つ理由
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 物理的距離 | BSPの買取所は5か所のみ(ケソン市、バギオ市、ダバオ市、ナガ市、サンボアンガ市)。これに対し宣言済みMinahang Bayanは数十件・保留は200件超 |
| 手続きコスト | 処理手数料 1,600ペソ+1%の留保料。「数時間で済むはずが丸1〜2日拘束される」(鉱夫証言) |
| 現金即時性 | 「闇市場のほうが価格は安いが、はるかに便利。その場で現金」(鉱夫証言) |
| 登録要件 | 非合法操業の鉱夫はそもそもBSPに売れない。合法化が進まない限り制度は空回りする |
流出規模の推計(いずれも推計であり幅が大きい)
- 2021年のフィリピン産金 約39億ドルのうち、小規模採掘分が約27億ドル。BSPを通じた合法売却は約2,700万ドル(=1%)(Altermidya/Rappler、2023年10月報道)。
- 北ルソン地域では約90%が闇市場へ(BSP北ルソン地域局長のコメント)。ベンゲット州では少なくとも40%がBSPに売られず、地元宝飾業者や国外へ。
- ロイターの過去報道では、小規模採掘産金の最大90%が国外に密輸され、主な仕向先は中国とされる。
- BSPは小規模採掘産金の 5%未満 しか買えていないとの推計もある。
- 注 これらの数字は年次も方法論もばらばらで、単純に横並びで比較できない。
制度側の対応(2024〜2026年)
- 2024年2〜12月、BSPがPJ Lhuillier Inc. を規制サンドボックス下で認定業者に指定。トゥボリ(南コタバト)、パラカレ(カマリネスノルテ)、イトゴン(ベンゲット)、サガダ(マウンテン州)の登録小規模鉱夫からの買取を許可。
- 2025年1月から、PJ Lhuillier系のAuro Resources Trading Inc. が認定業者を引き継ぎ、Cebuana Lhuillier の全国支店網を通じた買取に拡大。同社はサプライチェーン来歴管理システムを導入した最初のBSP認定金取引業者とされる。
- 注 これらの制度は「合法操業の鉱夫のみ」が対象であり、非合法が大半という根本問題は残る。
- 参考:大規模側では、オセアナゴールド・フィリピンが2025年に金ドーレ 約6,684オンスをBSPに売却し、最低コミットメント25%を上回った。注よく引かれる「年間生産の約31%」は金ドーレ生産に対する比率であり、ディディピオの2025年総金生産90,700オンスに対しては7.4%にすぎない(残りは銅精鉱中の金として輸出)。総金生産と混同すると桁を誤る(2026-08-25 相互照合で修正。旧記載は「年間産金の31%」と断定していた。出典:分野「主要金鉱山と生産」2章/「鉱業とニッケル」6章)。
10. 2025〜2026年の金価格高騰が変えたもの
| 指標 | 数値 | 年月・出典 |
|---|---|---|
| 金価格 | 1オンス 4,472ドル(8/20)→ 4,587ドル(8/21) | 2026年8月/Fortune |
| 前年同期比 | 8月20日時点で1,130ドル高 | 同上 |
| ペソ建て | 2026年の平均 1オンス283,790ペソ、高値318,644ペソ(1/28)、安値247,825ペソ(6/10)。24金は8月下旬に 1gあたり約9,133ペソ | 2026年/exchange-rates.org、policybazaar |
| 予想 | ゴールドマン・サックス2026年見通し4,900ドル、バンク・オブ・アメリカ5,000ドル(平均4,600ドル) | 2025年10月 |
価格高騰の影響は「量」ではなく「金額」と「参入圧力」に出ている。
- 公式産金量は減っているのに金額は増えている(2026年Q1:数量−24.7%、金額+31.2%/MGB)。既存鉱山の品位低下・鉱山寿命の問題は価格では解決しない。
- 埋蔵量の「金額」だけが跳ね上がる。 PSAの鉱物勘定では、2025年のクラスA金埋蔵量の価値が前年比+41.6%の3,087.9億ペソに膨らんだ一方、物量ベースのクラスA金埋蔵量は−5%の371,260kg、産出は−3%の19,550kgと減っている。金・銅・ニッケル・クロマイト合計のクラスA埋蔵量は5,881.2億ペソ(+17.6%)で、金がニッケルを抜いて最も価値の高い鉱物資産になった。注 「鉱物資源が17%増えた」という見出しは、資源が増えたのではなく価格が上がっただけである。
- 非合法採掘への参入圧力が増す。 2025年7月のディワルワルでのEO 88発出、2025年のカラガでの中国人関与の摘発、スリガオ・デル・スルの町長への殺害脅迫は、いずれも「価格が上がるほど非合法操業が金になる」という同じ力学の表れである。
- 大規模側は好況。 オセアナゴールド・フィリピンの2026年上期純利益は+206%、フィレックス(Philex)の2026年Q2利益は3.92億ペソへ倍増超、Apex Miningは3億ドルの拡張計画。この対比が「小規模鉱夫は価格上昇の果実を受け取れているのか」という政治的論点を作っている。
11. 注 知らないと間違える点(まとめ)
- 注 「フィリピンは世界第2位の金埋蔵国」は裏が取れない。 元ネタはMGBの「単位面積あたりの賦存density で世界第3位」という限定つき表現の可能性が高い。中央銀行の金保有量では世界26位前後。
- 注 "gold reserves" の二義性(地下の埋蔵量/中央銀行の地金)に注意。2026年Q1のBSP金準備133.51トンと、PSAのクラスA金埋蔵量371,260kgは全く別物。
- 注 「ASGMが産金の70%」と「公式統計では1%台」は矛盾しない。 前者は実態推計、後者は記録された量。
- 注 MGBの金統計と「ASGM 70%」を掛け算してはいけない。 集計範囲が違う。
- 注 Minahang Bayanの指定=操業許可ではない。 別途DENRの小規模採掘契約が要る。
- 注 「ボルネオ法」ではなく「ボラックス法(Gravity-Borax Method)」。発祥はフィリピン・ベンゲット州で、ボルネオ(カリマンタン)へは輸出された側である。名称の由来を逆に書いている資料に注意。
- 注 水銀もcompressor miningも「すでに違法」である。 問題は立法ではなく執行と、合法化の遅さと、貧困である。
- 注 2018年イトゴン地滑りは、DENR自身が「採掘が原因ではない」と結論づけている。 それでも小規模採掘は一律停止された。この非対称を押さえずに語ると、現地の鉱夫の怒りが理解できない。
- 注 2024年2月のマコ(マサラ)土砂崩れ(98人以上死亡)はディワルワルではなく、大規模鉱山周辺の別災害。
- 注 ILOの児童労働推計19,000人は2011年の数字で、2024〜2025年の更新値は未確認。HRW報告書も2015年である。最新値として引用しないこと。
- 注 COP-6(2025年11月)はASGMの水銀フェーズアウト期限を採択していない。 期限が入ったのは歯科用アマルガム(2034年)。
12. 実務・取材上の要点
- 一次データの当たり先:MGB(Minerals Industry at a Glance/四半期統計)、BSP(金購入・外貨準備)、PSA(Mineral Accounts=UNFC/SEEAベース)、DENR-EMB(水銀インベントリ・MIA)、Minamata Convention事務局(PHL国別ページ)。MGB統計とBSP統計は集計対象が違うので、必ず定義を確認する。
- 現地の当事者組織:NCSSMPI(全国小規模鉱夫連合、2016年設立、加盟40団体超)、BAN Toxics(同連合の事務局)、planetGOLD Philippines(2025年終了、資料はオープン)、Artisanal Gold Council(AGC)Philippines。
- 投資・調達の観点:フィリピン産金を扱う場合、BSP経由でない金は来歴(provenance)を証明できない。2025年以降のAuro Resourcesのトレーサビリティ導入は、この点への対応である。責任ある金調達(OECDデューデリジェンス、LBMA基準)を要求される事業者は、ASGM由来金の混入リスクを前提に設計する必要がある。
- 注 現地取材のリスク:ディワルワル、カラガ、スリガオ・デル・スルは非合法採掘と武装勢力・脅迫が絡む地域である。2025年10月にはスリガオ・デル・スル州バロボ町長が殺害脅迫を公言している。単独での鉱区立ち入りは想定しないこと。
- 次に動きそうな論点:①下院法案5840号「Minahang Bayan Act」の審議、②COP-7(2027年)でのASGM水銀フェーズアウト期限(IPENは2032年案)、③金価格が高止まりした場合の非合法採掘の拡大と摘発の応酬、④DENR長官交代後のMinahang Bayan審査の再開ペース。