最低賃金と労働
0. この資料の要点(先に読む10行)
| # | 要点 |
|---|---|
| 1 | フィリピンに全国一律の最低賃金はない。17の地域賃金委員会(RTWPB)が別々の周期で賃金令を出す |
| 2 | 首都圏の755ペソは、2026年8月25日時点で裁判所の差止命令により停止中(後述・最重要) |
| 3 | 適用されるのは労働者の住所ではなく就業場所の地域賃率 |
| 4 | 注 よく流通する「最低366ペソ」は2026年8月6日のBARMM賃金令で更新済み。現在の下限は401ペソ |
| 5 | 13か月給与(PD 851)は賞与ではなく法定義務。12月24日までに全額支払い |
| 6 | SSS 15%+PhilHealth 5%+Pag-IBIG 4% は労使折半だがSSSは雇用主が2/3を負担 |
| 7 | エンドー(endo)は DO 174-17 で規制されるが法律化は未了。20期議会でHB 88が審議中 |
| 8 | 2026年6月の失業率4.9%/不完全就業率12.1%(PSA) |
| 9 | 外国人雇用は 2025年のDOLE DO 248/248-Aで大幅改定。ENT(経済的必要性テスト)と後継者育成計画が追加 |
| 10 | 労働安全は 2025年5月施行のDO 252-25(RA 11058 新IRR)で全面改定 |
1. 制度の骨格 ── 全国一律の最低賃金は存在しない
1-1. 根拠法と機関
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠法 | 共和国法6727号(RA 6727、賃金合理化法/Wage Rationalization Act, 1989) |
| 決定機関 | 地域三者構成賃金生産性委員会(RTWPB: Regional Tripartite Wages and Productivity Board) 17地域 |
| 上部機関 | 国家賃金生産性委員会(NWPC: National Wages and Productivity Commission)、労働雇用省(DOLE)傘下 |
| 委員構成 | 政労使の三者構成(政府側にDOLE地域局長・NEDA・DTI、労側・使側各2名) |
| 発効 | 賃金令(wage order)は一般紙への公告から15日後に発効(RA 6727) |
NWPCの指針:前回の賃金令から12か月以内に新しい賃金令は出せない。 インフレ急騰・災害・国家非常事態など「予期せぬ事情(supervening conditions)」がある場合のみ例外。
適用の基準は「労働者の住所」ではなく「就業場所(place of work)」の地域賃率。 マニラ在住でカビテ工場勤務ならCALABARZON賃率が適用される。
1-2. 注 知らないと間違える点
注 ①「最低賃金」は日給で決まる。 月給制の会社でも法定下限は日額で判定する。月給を日数で割り戻して下限を下回らないか確認が要る。 注 ②「賃金令の額 = 基本給」であって、手当・交通費・食事補助は原則として含められない。 一部の賃金令はCOLA(生活費手当)を分離するが、NCR-27はCOLAなしの全額基本給である(NWPC)。 注 ③ 同一地域内でも「非農業/農業/小売・サービス(従業員10〜15人以下)/製造(10人未満)」で額が違う。 単一の数字で語れない。 注 ④ 家事労働者(kasambahay)は別体系。 「DW」系列の賃金令(月額)で決まる。
2. 首都圏(NCR)── 755ペソは「発効したが、止まっている」
これが本資料で最も重要かつ、日本語ソースがほぼ追随できていない論点である。
2-1. 賃金令NCR-27の内容(NWPC)
| 時期 | 非農業 | 農業・小売サービス(15人以下)・製造(10人未満) |
|---|---|---|
| 2025年7月18日〜(NCR-26) | 645 → 695ペソ | 608 → 658ペソ |
| 2026年7月25日〜(NCR-27 第1段/+60ペソ) | 695 → 755ペソ | 718ペソ |
| 2027年1月20日〜(第2段/+25ペソ) | 780ペソ | 743ペソ |
- 発令:RTWPB-NCR が2026年6月23日に承認、7月9日に The Philippine Star に公告、15日後の7月25日発効(NWPC・PNA)。
- 対象:メトロマニラの最低賃金労働者約110万人(DOLE)。
- 2段階合計85ペソは、NCR賃金委員会が承認した単一賃金令として過去最大。
- 使用者側委員2名は反対の意思表示(dissent)を付したまま署名した。
注 訂正: 旧稿にあった「2026年7月19日 or 7月25日で表記が揺れる」は、公告日確定に伴い7月25日に確定したことが原因である。誤情報ではなく途中経過の残存。正は7月25日。
2-2. 裁判所による差止 ── 2026年8月25日時点で第1段(+60ペソ)は停止中
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2026年7月25日 | NCR-27 第1段(755ペソ)発効 |
| 2026年7月30日 | パシッグ地方裁判所(RTC)第152支部 が20日間のTRO(一時的差止命令)を発付。申立人は建設会社 Readycon Trading and Construction Corp. と R-II Builders, Inc.。供託金100万ペソ(BusinessWorld) |
| 2026年8月上旬 | ナボタス市の裁判所でも現状維持命令(status quo order)が出たと報道 |
| 2026年8月4日 | 上院がTRO早期解除を求める決議を採択(DOLE発表) |
| 2026年8月13日 | 同支部が予備的差止命令(writ of preliminary injunction)を発付。差止供託金100億ペソ。第1段の60ペソが停止(BusinessWorld・Inquirer) |
| 2026年8月12日 | 労働側(NAGKAISA、NFL、UNI-PLC、Kamanggagawa党名簿など)が最高裁に職権濫用是正の申立(Certiorari and Prohibition) |
| 2026年8月17日 | トレンティーノ労働長官(Francis Tolentino)が管轄違いを理由に再考申立て(motion for reconsideration)を提出 |
| 2026年8月20日時点 | 差止は依然として効力を維持。最高裁で係属中(Manila Times) |
争点:労働法典第126条は「いかなる裁判所・審判所も、NWPCおよび地域賃金委員会の手続に対して差止命令を発してはならない」と定める。 労働側は地裁の命令が「patent nullity(明白な無効)」だと主張。使用者側は宣言的救済(declaratory relief)の申立てという形式をとった。地方裁判所が賃金令を止めた事例はこれが初めてとされる(Manila Times)。
実務対応(日本企業向け): 2026年8月25日時点で「NCRの法定下限が695ペソなのか755ペソなのか」は法的に確定していない。 - 注 差止は「支払ってはならない」という命令ではない。755ペソを支払うことは自由である。 - 注 逆に、差止が後日取り消されれば 7月25日に遡って差額支払義務が生じるリスクがある。 - 保守的な実務は「755ペソで支払い、755ペソを前提に予算を組む」。695ペソに据え置くなら、遡及分の引当てを行うこと。 - 最終確認は必ず NWPC(nwpc.dole.gov.ph)とDOLE-NCRの雇用主向けアドバイザリーで行う。民間の給与計算サイトの数字は当てにならない。
2-3. 家事労働者(NCR)
賃金令 NCR-DW-06:月額7,800ペソ(2026年2月7日〜)(NWPC)。私企業の賃金令とは別系統のため、上記の差止の対象外。
3. 全国17地域の最低賃金(NWPC掲載・2026年8月時点)
日額ペソ。同一地域内でも区分により幅がある。は2026年に入ってから発効・改定されたもの。
(2026-08-25 横断点検で注記)「17」と「18」の食い違いに見えるが、両方正しい。 行政区画としての地方(Region)は2024年6月のネグロス島地方(NIR)復活で18(分野「地理と行政区画」§9、
_INDEX_目次.md「制度が既に変わっている」)。 一方、賃金決定を行う RTWPB は17である。NIRには賃金委員会が未設置で、行政命令264-2025によりネグロス西部はRTWPB VI、ネグロス東部・シキホールはRTWPB VIIが継続管轄しているため(下表最終行)。 したがって「フィリピンは17地方」と書けば誤りだが、「最低賃金は17の賃金委員会が決める」は2026年8月時点で正しい。必ず「地方数」なのか「賃金委員会数」なのかを書き分けること。
| 地域 | 賃金令 | 主な日額 | 発効日 |
|---|---|---|---|
| NCR(首都圏) | NCR-27 | 755/718 ※差止中 | 2026-07-25 |
| CAR(コルディリェラ) | CAR-24 | 505 | 2025-12-30 |
| Region I(イロコス) | RB 1-24 | 505(10人以上)/480 | 2025-11-19 |
| Region II(カガヤンバレー) | RTWPB 2-24 | 500(非農業・農業とも) | 2025-11-05 |
| Region III(中部ルソン) | RBIII-26 | 非農業 570〜600/農業 540〜570/小売サービス 560〜590(アウロラ州は別建て) | 2025-10-30(第2段 2026-04-16) |
| Region IV-A(CALABARZON) | IVA-22 | 508〜600 | 2025-10-05(第2段 2026-04-01) |
| Region IV-B(MIMAROPA) | RB-MIMAROPA-13 | 455 | 2026-01-01 |
| Region V(ビコール) | RBV-23 | 455 →(2026-12-01に480) | 2026-04-08 |
| Region VI(西ビサヤ) | RBVI-29 | 550(10人超)/525/農業 520 | 2025-11-19 |
| Region VII(中部ビサヤ) | ROVII-26 | クラスA(メトロセブ等)540/クラスB 500 | 2025-10-04 |
| Region VIII(東ビサヤ) | RB VIII-25 | 470/小売サービス(1〜10人)440 | 2026-06-01(第2段) |
| Region IX( サンボアンガ半島) | RIX-24 | 464/農業 451 | 2026-06-01(第2段) |
| Region X(北ミンダナオ) | RX-24 | 500(主要市)/485 | 2026-05-01(第2段) |
| Region XI(ダバオ) | RB XI-24 | 525/農業 515 →(2026-09-01に540/525) | 2026-03-13 |
| Region XII(SOCCSKSARGEN) | XII-25 | 460/農業 443 | 2025-12-15(第2段) |
| Region XIII(カラガ) | RXIII-20 | 475(全区分) | 2026-05-01(第2段) |
| BARMM | BARMM-05 | コタバト/ラミタン/マラウィ市:非農業 436・農業 411/その他:非農業 411・農業 401 | 2026-08-06 |
| NIR(ネグロス島地域) | — | 賃金委員会が未設置。行政命令264-2025によりネグロス西部はRTWPB VI、ネグロス東部・シキホールはRTWPB VIIが継続管轄 | — |
格差と「366ペソ」の訂正
注 訂正: 旧稿および多くの日本語サイトが引く「最低366ペソ」は、BARMMの特別地理区域(SGA)農業部門の旧賃率である。2026年7月15日承認・8月6日発効の賃金令 BARMM-05 により更新済み。 - 旧:366ペソ(SGA農業) → 新:391〜401ペソ(報道値と NWPC 掲載値に幅があるため下記参照) - NWPCのBARMMページ掲載値ではその他地域の農業 401ペソが現行の全国最低。 - 注 一部報道(Manila Bulletin/BusinessMirror/PNA、2026年7月)は SGA 農業を「366→391ペソ」と報じており、NWPC掲載値(401)と食い違う。SGAが独立区分として残るのか「その他地域」に統合されたのかは要確認。実務ではBTWPB(コタバト市)に直接照会すること。
首都圏755ペソ(差止中)vs 全国最低401ペソ ── 名目で約1.88倍。695ペソを基準にしても約1.73倍。
BARMM-05は第2段(+25ペソ、2026年12月1日)で コタバト市等 461ペソ/その他 436ペソ、農業 436/426ペソ となる。
4. 月額換算と「生活賃金」とのギャップ
4-1. 月額換算
| 地域 | 月額の目安(基本給、控除前) |
|---|---|
| 首都圏(755ペソ想定) | 約19,630ペソ(755×26日) |
| 首都圏(695ペソ=差止時) | 約18,070ペソ |
| メトロセブ(540ペソ) | 約14,040ペソ |
| ダバオ(525ペソ) | 約13,650ペソ |
| BARMM その他農業(401ペソ) | 約10,426ペソ |
換算日数:週6日勤務(日給制で一般的)なら26日/週5日勤務なら22日。 実際には「有給休日を何日含めるか」で係数が変わるため、DOLEの Handbook on Workers' Statutory Monetary Benefits の係数表(313日/261日など)を用いるのが正確。
4-2. 生活賃金とのギャップ(IBON Foundation)
| 指標 | 値 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 全国平均最低賃金 | 510ペソ/日(月11,089ペソ) | IBON Foundation、2026年4〜5月 |
| 家族生活賃金(5人家族) | 1,305ペソ/日(月28,380ペソ)(内訳最大は食費 月16,541ペソ) | IBON Foundation、2026年5月 |
| 生活賃金に届かない世帯 | 約3分の2(約1,700万世帯) | IBON、2026年5月 |
注 IBONは労働側寄りのシンクタンクであり、これは政府統計ではなくNGOの推計値**である。政府の公式な貧困線(PSAの food threshold / poverty threshold)とは別概念。ただし労働争議・賃上げ交渉ではこの数字が頻繁に引用される。
5. 適用除外と実務上の注意
| 対象 | 扱い |
|---|---|
| 家事労働者(kasambahay) | 家事労働者法(RA 10361、Batas Kasambahay)による別の月額賃金令 |
| 徒弟・訓練生(apprentice / learner) | 根拠法が変わった。 労働法典(PD 442)Book Two, Title II の Chapter 1(Apprentices/第57〜72条)と Chapter 2(Learners/第73〜77条)は、RA 12063(EBET Framework Act)第36条により2024年11月7日に廃止された。現行の根拠は RA 12063 の EBET(Enterprise-Based Education and Training)枠組みで、TESDA が所管する。訓練手当は EBET 下でも適用最低賃金の75%以上(1年を超える訓練は評価に応じ年次昇給)。upskilling プログラムの訓練生は正規従業員と同等の全額賃金・時間外手当等が必要。同一訓練生を連続2回訓練させると正規従業員とみなされる(2026-08-26 改正確認。RA 12063 第36条(Repealing Clause)により改正。注LawPhil・ChanRobles 掲載の労働法典本文は徒弟章・学習者章を残したままなので、条文をそのまま現行法として引かないこと。出典:LawPhil https://lawphil.net/statutes/repacts/ra2024/ra_12063_2024.html 第36条)。注Chapter 3(障害のある労働者/第78〜81条)は存置 |
| BMBE(RA 9178登録の零細事業者、Certificate of Authority保有) | 最低賃金の適用除外(他の給付は適用される) |
| 台風・災害等の被災企業、資本欠損企業 | 賃金令ごとの免除(exemption)申請が可能。NCR-27では2026年9月22日が申請期限(公告から75日) |
| 官公庁職員 | 別の給与体系(Salary Standardization Law) |
労働者が「最低賃金未満で構わない」と合意することはできない。 契約書に署名していても、雇用主は差額(wage differential)の支払義務を負う。 未払い賃金は原則3年の時効(労働法典第306条)。 DOLEの労働監督(inspection)で遡及命令が出るのが典型。
6. 労働法典(Labor Code)の基本
根拠:大統領令442号(Presidential Decree No. 442, 1974)「フィリピン労働法典」。 度重なる改正を経て現在に至る。
6-1. 労働時間と割増
| 項目 | 条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 所定労働時間 | 第83条 | 1日8時間 |
| 食事休憩 | 第85条 | 60分以上(無給) |
| 夜勤手当(NSD) | 第86条 | 22:00〜翌6:00 の各時間につき通常賃金の+10%以上 |
| 時間外(OT) | 第87条 | 通常日は+25%以上/休日・休息日は当該日率の+30%以上 |
| 遅刻・早退とOTの相殺 | 第88条 | 禁止。 別の日の残業で欠時間を埋めることはできない |
| 休息日 | 第91〜93条 | 週1日(連続24時間)。休息日勤務は+30%以上 |
| 祝日手当 | 第94条 | 正規祝日(regular holiday)は不就労でも100%、就労すれば200% |
| 有給休暇(SIL) | 第95条 | 勤続1年で年5日のみ。未消化分は金銭換算義務あり |
注 日本企業がよく間違える点: - 注 法定年次有給休暇は「5日」しかない。 日本の10日以上を前提に設計すると過剰になるが、逆に業界水準(VL 15日+SL 15日が大手の相場)を下回ると採用競争で不利になる。 - 注 管理職(managerial employee)は OT・NSD・祝日手当・13か月給与の対象外。 ただし「肩書き」ではなく実質判断(採用・解雇・懲戒の権限があるか)。名ばかり管理職は否認される。 - 注 割増の重ね方には順序がある。 祝日率 → 夜勤 → 時間外 の順で乗せる。
6-2. 雇用の安定(security of tenure)
- 試用期間(probationary)は原則6か月が上限。 6か月を超えて働かせれば自動的に正規(regular)となる。
- 試用開始時に評価基準を書面で通知していなければ、正規雇用とみなされる(判例法理)。
- 解雇には正当事由(just cause/労働者の帰責)または認容事由(authorized cause/人員整理・閉鎖等)が必要。
- 二重通知の原則(two-notice rule):①嫌疑通知+弁明機会、②処分通知。手続を欠くと解雇自体が有効でも名目的損害賠償(nominal damages、判例で3万ペソ前後)が課される。
- 認容事由による解雇は退職金(separation pay)が必要。人員整理・閉鎖は勤続年数×半月分、設備導入・冗員は勤続年数×1か月分が目安。
7. 13か月給与(13th Month Pay)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠 | 大統領令851号(PD 851, 1975) |
| 対象 | 民間部門の全ランクアンドファイル従業員(1か月以上勤務すれば地位・雇用形態・支払方法を問わない) |
| 除外 | 管理職(法律上)、官公庁 |
| 計算 | その年の基本給合計 ÷ 12 |
| 基本給に含めない | 手当、残業代、祝日割増、夜勤手当 |
| 支払期限 | 12月24日まで(猶予期間なし) |
| 分割払い | 5月31日までに50%、12月24日までに残り50% が可 |
| DOLEへの報告 | 翌年1月15日までに compliance report 提出 |
| 中途退職者 | 在籍月数に応じた日割り(pro-rated)。離職から60日以内または次の給与日のいずれか早い方 |
| 課税 | 13か月給与+その他ボーナス合計で年90,000ペソまで非課税(TRAIN法/RA 10963)。超過分は課税 |
注 「ボーナス(賞与)」ではない。 業績連動でも裁量でもなく、支払わなければ労働法違反である。 注 90,000ペソの非課税枠は13か月給与だけの枠ではない。 クリスマスボーナス・年央賞与・生産性インセンティブと合算して90,000ペソ。
8. 社会保険3点セット(SSS・PhilHealth・Pag-IBIG)
8-1. 2026年の料率
| 制度 | 根拠法 | 料率 | 対象報酬の上限 | 労使負担 |
|---|---|---|---|---|
| SSS(社会保障制度) | RA 11199(2018年社会保障法) | 15% | 月額給与クレジット(MSC)上限35,000ペソ(下限5,000ペソ) | 従業員5%/雇用主10% |
| PhilHealth(国民健康保険) | RA 11223(ユニバーサルヘルスケア法) | 5% | 上限 月100,000ペソ(下限10,000ペソ) | 労使折半(各2.5%) |
| Pag-IBIG/HDMF(住宅積立基金) | RA 9679、HDMF Circular 460 | 2%+2% | 最大積立給与(MFS)10,000ペソ | 各2%(月1,500ペソ以下は従業員1%) |
| EC(従業員補償) | 労働法典 | 定額 | — | 雇用主のみ 月10または30ペソ |
8-2. 上限に達した場合の月額(1名あたり)
| 制度 | 従業員負担 | 雇用主負担 | 合計 |
|---|---|---|---|
| SSS(MSC 35,000) | 1,750ペソ | 3,500ペソ | 5,250ペソ |
| PhilHealth(月10万以上) | 2,500ペソ | 2,500ペソ | 5,000ペソ |
| Pag-IBIG | 200ペソ | 200ペソ | 400ペソ |
| EC | — | 30ペソ | 30ペソ |
| 合計(高給者) | 4,450ペソ | 6,230ペソ | 10,680ペソ |
重要:SSSの15%は2025年に到達した最終段階であり、RA 11199の引上げスケジュールは完了。2026年に予定された追加引上げはない(SSS)。 PhilHealthの5%も RA 11223 の段階引上げの頭打ち水準。2026年5月6日のPhilHealthアドバイザリーで「2026年も5%据置き」が確認された(PIA)。 注(2026-08-26 条文精査で補正)RA 11223 第10条の法定表は2019年2.75%→2024年5.00%→2025年5.00%で終わり、「2026年」の行は条文に存在しない。 上限所得10万ペソも2024年で頭打ち。2026年の5%は条文ではなくPhilHealthアドバイザリーによる据置きである。「RA 11223 第10条により2026年は5%」と書かないこと(出典:LawPhil
ra_11223_2019第10条)。RA 11223 を改正した共和国法は2026年8月時点で存在しない(2025年2月の下院可決案は成立せず)。 MSC上限35,000ペソ超のSSS部分にはMPF(WISP、義務的積立基金)が含まれる。 注 雇用主の実効的な人件費上乗せは、社会保険+13か月給与(基本給の約8.3%)+SIL+祝日手当で、ざっくり基本給の20〜25%増と見るのが実務感覚。 注 納付期限は制度ごとに違う。 Pag-IBIGは翌月10日まで。SSS・PhilHealthは雇用主番号の末尾によって期日が異なる。遅延はペナルティ(SSSは月2%等)。
8-3. 主な法定休暇
| 休暇 | 根拠法 | 日数 | 費用負担 |
|---|---|---|---|
| 産休 | RA 11210(105日拡大産休法) | 105日(有給)+シングルマザーは+15日。無給で+30日延長可。流産・妊娠中絶は60日。うち最大7日を父親等に配分可。(2026-08-26 改正確認)RA 11210 自体は2026年8月時点で改正されていないが、同法第3条が「+15日」の対象を "solo parent as defined in RA 8972" と定義しており、その RA 8972 は RA 11861(2022-06-04 に署名なしで法律化)により改正済みである。したがって+15日の対象範囲は RA 11861 の拡大定義(扶養児童の年齢上限18歳→22歳、12か月以上不在の低技能OFWの配偶者・家族、祖父母・適格後見人を含む)で読む(「改正法の第◯条」と「改正された先の第◯条」を区別すること。出典:LawPhil ra_11210_2019 第3条/ra_11861_2022) |
SSSが給付、雇用主が立替 |
| 育児休暇(父) | RA 8187 | 7日(法律婚かつ同居、最初の4回の出産まで) | 雇用主 |
| ひとり親休暇 | RA 8972/RA 11861 第8条(拡大ひとり親福祉法。2022-06-04 に署名なしで法律化) | 年7労働日(勤続6か月以上)。繰越不可・買取不可 | 雇用主 |
| VAWC休暇 | RA 9262 | 10日(女性被害者) | 雇用主 |
| 女性特別休暇 | RA 9710(女性のマグナカルタ) | 2か月(婦人科疾患の手術、勤続6か月以上) | 雇用主 |
| 忌引 | — | 法定なし(会社の任意) | — |
9. エンドー(endo)と契約労働の規制
9-1. 何が問題か
「endo」= "end of contract"。 労働法典上、6か月を超えて働かせると正規雇用(regular employee)になるため、5か月で契約を打ち切り再契約を繰り返す慣行。俗に「555」と呼ばれる。派遣(agency)を挟む形が典型。
9-2. 規制の枠組み ── DOLE Department Order No. 174-17
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発出 | 2017年3月16日発出、4月2日施行(DO 18-A-11を廃止) |
| 根拠 | 労働法典第106〜109条 |
| 骨子 | 労働者供給のみの契約(labor-only contracting)を全面禁止/適法な下請の要件明確化/請負業者のDOLE登録義務 |
| 「労働者供給のみ」の判定基準(第5条) | ①請負業者に実質的な資本・設備がない(DOLE登録の要件として非建設業は払込資本500万ペソ以上)かつ供給された労働者が元請の本業に直接関連する業務に従事、②元請が請負業者と同様に労働者を指揮命令、③請負業者が過大な手数料を徴収 |
| 違反の効果 | 元請(principal)が直接の雇用主とみなされる。 過去に遡って正規雇用・未払給付の責任を負う |
| 適用外 | BPO/ITES(業務プロセス全体の委託)、建設業(DO 19 s.1993とPCAB免許)、真正な売買・賃貸・専門役務契約 |
9-3. 立法動向
- 「Security of Tenure Act(雇用安定法)」は未成立。 2019年にドゥテルテ大統領が拒否権行使、19期議会でも成立せず。
- 20期議会(2025年〜)で下院法案2604号(HB 2604)等として再提出。労働者供給の判定要件を明確化し、産業別三者協議会(ITC)が「本業に直接関連する業務」を判定する仕組みを盛り込む。
- 上院通過版(過去)には労働者供給業者に500万ペソの罰金、DOLE長官による事業停止・閉鎖権限が含まれていた。
- 使用者側(ECOP)は「DO 174で十分。過度な規制は季節的・専門的業務の正当な外注を阻害する」と反対。
注 日本企業の実務リスク: 現地の「manpower agency」経由の人員が、実質的に自社の指揮命令下で本業の中核業務を行っている場合、DOLE監督で元請が直接雇用主と認定される。契約書の形式ではなく実態(指揮命令・設備・業務の中核性)で判断される。
10. 労働組合と労使紛争
10-1. 組織率
| 指標 | 値 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 組合組織率(union density) | 6.0%(有給雇用者に占める組合員) | PSA「労働雇用統合調査(ISLE)」2020年 |
| 前回値 | 7.0% | ISLE 2018年 |
| 組合員数 | 316,458人/有給雇用者529万人 | ISLE 2020年 |
| CBA(労働協約)を持つ事業所 | 全事業所の4.0%(組合のある事業所の88.8%) | ISLE 2021/2022年 |
| 組織率の高い業種 | 電気・ガス 24.9%、鉱業 24.4% | ISLE 2020年 |
注 重要な限界:ISLEは「従業員20人以上の事業所」しか調査していない。 零細・インフォーマル部門を含めた実質的な組織率はさらに低い。 注 ISLEは隔年調査で公表が遅い。2025〜2026年の公式な組織率は未公表。 「6%」を引用する際は必ず2020年値と明記すること。
10-2. 労使紛争の実態
| 指標 | 値 | 出典 |
|---|---|---|
| ストライキ通告(Notice of Strike)件数 | 163件(2024年) | NCMB(国家調停仲介委員会) |
| 実際のストライキ | 4件(通告の2.45%) | NCMB、2024年 |
| 2025年第1四半期 | 実ストライキ4件・ロックアウト1件、平均約15日で調停解決 | NCMB |
| SEnA(単一窓口方式)での和解率 | 82.55% | DOLE、2025年 |
| 労働事件の処理率 | 98.07%、10.9万人超が受益、金銭給付83.4億ペソ | DOLE、2025年 |
フィリピンは「ストライキが多い国」ではない。 通告は出るが、NCMBの調停でほぼ解決する。実ストライキは年数件のレベル。
10-3. 注「労働者にとって世界最悪の国」という主張の扱い
| 年 | ITUC世界労働権指数(Global Rights Index)での扱い |
|---|---|
| 2016〜2025年 | 「最悪の10か国」に継続的にリスト入り、格付けは最悪から2番目の「レーティング5」 |
| 2026年(6月1日公表) | 「最悪の10か国」からは外れた(2026年版の10か国はアルゼンチン、ベラルーシ、エクアドル、エジプト、エスワティニ、ミャンマー、ナイジェリア、パナマ、チュニジア、トルコ)。ただし格付けは「レーティング5」のままで、新設の「ウォッチリスト(格下げ懸念国)」に入った |
注 「フィリピンは世界最悪の労働者の国」という表現は2026年版では正確でない。 正しくは「10か国リストからは外れたが、ITUCの格付けは依然として最悪から2番目のレーティング5、かつウォッチリスト入り」。 注 これはILOや政府の統計ではなく、国際労働組合総連合(ITUC)という労働側国際組織の評価指標である。 労組指導者への攻撃・レッドタギング(共産主義者呼ばわり)・組合破壊が主な指摘点。
11. 労働市場統計(PSA 労働力調査 / Labor Force Survey)
11-1. 2026年6月の速報値(2026年8月6日公表)
| 指標 | 2026年6月 | 2026年5月 | 2025年6月 |
|---|---|---|---|
| 失業率 | 4.9%(259万人) | 4.8%(250万人) | 3.7%(195万人) |
| 不完全就業率 | 12.1%(611万人) | 12.2%(604万人) | 11.4%(576万人) |
| 就業者数 | 5,066万人 | 4,963万人 | 5,047万人 |
| 労働力人口 | 5,325万人 | 5,213万人 | 5,242万人 |
| 労働力率(LFPR) | 65.1% | 63.8% | 65.7% |
| 若年(15〜24歳)就業率 | 86.5% | — | 90.6% |
- 2026年6月には65万人が初めて労働力に参入し、うち59.2万人が15〜24歳(新卒)。マパ国家統計官(Dennis Mapa)は「失業率上昇は労働参加率上昇によるもので、雇用創出が特に15〜24歳で追いついていない」と説明。
- 不完全就業者のうち51.9%が週40時間未満(可視的不完全就業)、48.1%が40時間以上(不可視的=収入不足型)。
11-2. 就業構造(2026年6月)
| 区分 | 割合 |
|---|---|
| サービス業 | 62.7% |
| 工業 | 17.3% |
| 農業 | 20.0% |
| — | — |
| 賃金・給与労働者 | 64.1%(うち民間事業所 49.7%、政府 9.9%) |
| 自営(雇人なし) | 26.9% |
| 無給家族従業者 | 7.4% |
| 雇用主 | 1.6% |
海外労働者(OFW):2025年の派遣数は初めて270万人を突破(陸上215万人超+海上589,179人)、前年比15.43%増。上位はUAE(397,892人)、サウジアラビア(386,699人)、シンガポール(221,492人)、香港(202,415人)(BusinessMirror/DMW)。 注 2026年は中東情勢を受けてDMW通達10号(2026年)でバーレーン・クウェート・カタール・サウジ・UAEへの派遣が一時停止された。
注 失業率の国際比較には注意。 フィリピンの失業率は4〜5%と低く見えるが、これは「働かなければ食べていけないため、条件が悪くても就業する」構造を反映している。実質的な労働問題は失業率ではなく不完全就業率(12%台)と就業の質にある。
12. インフォーマル部門の規模
| 指標 | 値 | 出典・性質 |
|---|---|---|
| インフォーマル就業者 | 約2,020万人/全就業者の41.6% | IBON Foundation推計(2025年1月)── NGO推計 |
| 広義(民間事業所の賃金労働者を含む) | 最大3,500万人/72.3% | 同上 |
| 「フォーマル部門で働く割合」 | 約3分の1のみ(残り3分の2は社会・労働保護が部分的) | OECD『対フィリピン経済審査2026』 |
| インフォーマル経済のGDP比 | 約28〜34%(別推計で34.2%) | 各種推計 |
| 民間事業所の賃金・給与労働者比率 | 50.0%(2025年)(前年50.1%から低下) | PSA。PDPの2028年目標は53〜55% |
最重要の制度変化:PSA理事会が2025年11月27日の第41回会合で「インフォーマル部門・インフォーマル就業の概念定義と操作的定義」を承認した。 これによりPSAが労働力調査を通じて公式統計としてのインフォーマル就業率を作成・公表することになった(SDG指標8.3.1に対応)。 注 したがって、現在流通している「フィリピンの労働者の◯%はインフォーマル」という数字は、2026年8月時点ではまだ政府の公式統計ではなく第三者推計である。 定義により42%〜72%(一部論考では81.1%)まで振れる。引用時は必ず出典と定義を添えること。 注 また、政府の「job order」「contract of services」職員(一部研究で公務員の約3分の1)は、社会保障登録義務の対象外でありながらPSA統計上は賃金・給与労働者に計上される。
13. 児童労働
PSA「子どもに関する調査(Survey on Children)」2025年速報値(2026年7月公表)
| 指標 | 2025年 | 2024年 | 2023年 |
|---|---|---|---|
| 児童労働者(child laborers) | 513,650人(5〜17歳人口の1.8%) | 509,160人(1.6%) | 678,360人 |
| 就労児童(working children、広義) | 868,540人(3.1%) | 861,450人(2.7%) | 約109万人(3.5%) |
| 農業 | 336,000人(65.5%) | 328,000人 | — |
| 工業 | 45,000人 | 34,000人 | — |
| サービス | 133,000人 | 148,000人 | — |
| 15〜17歳の割合 | 80.5% | — | — |
| 男児の割合 | 72.7% | — | — |
定義(PSA): ①DOLE省令149号(2016年)が定める危険業務、②15歳未満で週20時間超・1日4時間超、または20時〜6時の就労、③15〜17歳で週40時間超・1日8時間超、または22時〜6時の就労。
- 2025年は2024年からわずかに増加したが、2023年(67.8万人)よりは大幅に低い水準。
- 増加要因として、貧困の継続・生活費上昇・コロナ禍の後遺症が指摘されている。
- DOLE地方局は「プロファイリング」による特定・介入を継続(例:ネグロス島地域で2025年に5,749人を特定、PIA)。
- 根拠法:RA 7610、RA 9231(児童労働撤廃法)。15歳未満は原則就労禁止(親の直接監督下の家業、芸能等の例外あり)。
注 2025年値は「速報(preliminary)」である。 PSA表では "p" が付く。確定値で変動しうる。
14. 外国人の就労(AEP と 9G ビザ)
14-1. 二段構えの構造
AEP(外国人雇用許可)とビザは別物である。 AEPは労働省(DOLE)、ビザは入国管理局(BI)が所管し、両方が必要。
| 段階 | 発給機関 | 内容 |
|---|---|---|
| ① AEP(Alien Employment Permit) | DOLE 地域事務所(雇用主の本店所在地を管轄する事務所) | 労働法典第40条。「その職務を遂行できるフィリピン人が得られない」ことの認定を経て発給。有効期間は契約に応じて1〜3年 |
| ② 9(g)ビザ(Pre-arranged Employment Visa) | 入国管理局(BI) | 就労ビザ本体。雇用主に紐づく。退職・契約終了時は9(a)観光ビザへのダウングレードが必要 |
| (必要に応じ)STP | PRC(専門職規制委員会) | 規制専門職の実務を伴う場合 |
| (必要に応じ)Authority to Employ Alien | DOJ(法務省) | 国有化・部分国有化業種の場合 |
14-2. 2025年の大改定 ── DOLE Department Order No. 248 / 248-A
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| DO 248, s.2025 | 2025年1月21日発出。DO 221-21(およびその前身DO 146-15)を置き換え。注(2026-08-25 相互照合)分野資料「会社設立と起業の実務」§10-1は「2025年1月25日公表、2月9日発効(公表15日後)」とする。発出日と公表日を別々に拾っている可能性が高いが、DOLE公式の官報掲載日は未確認。両方を残す |
| 申請期限 | 契約締結・任命から15暦日以内(旧:署名日から10営業日以内) |
| 国外からの申請 | 可能になった。 ただしAEPの交付は、当該外国人が適切な事前手配就労ビザまたは9(g)で入国し、DOLE地域事務所に提示した後 |
| 労働市場テスト | 一般紙への公告1回に簡素化・統合 |
| ENT(経済的必要性テスト) | 新設。 一定のAEP申請の審査に適用 |
| DO 248-A, s.2025 | 2025年6月9日発出の補足ガイドライン |
| 求人掲載 | PhilJobNet およびPESO/職業紹介所への掲載は推奨(申請の前提条件ではない) |
| UTP/SDP(後継者育成・技能移転計画) | 外国投資法に基づく財政優遇を受ける企業、および公共サービス法上の公益事業・重要インフラを運営する企業は、AEP申請時または就労開始から60日以内にUTP/SDPを提出。進捗報告には雇用主代表・外国人・フィリピン人後継者の3者署名が必要。不履行はAEP取消事由 |
実務上の所要期間(2026年の民間実務家の目安):AEPで6〜10週間、9(g)で4〜8週間、合計3〜5か月。 注 これは法定期間ではなく実務値であり、地域事務所により大きく変動する。 注 (2026-08-25 相互照合)分野資料「会社設立と起業の実務」は「新規AEPは3日以内に発行(JETRO)/労働市場テストを含めても3〜5週間(Triple i Consulting)」とする。「AEP単体の審査日数」と「労働市場テスト+AEP+9(g)ビザの通し期間」で測っている範囲が違うため、桁が違って見える。見積りを出すときは必ず「どこからどこまでか」を明示すること。
注 AEPは「就労の排他的許可」ではなく、9(g)ビザ発給要件の一つにすぎない(判例・DOLE解釈)。 注 SIRV・SRRV・9(d)貿易商ビザ・47(a)(2)特別非移民ビザの保有者も、原則としてAEPの対象となる。 注 短期(6か月未満)の場合は AEP の代わりに「Certificate of Exclusion」や「Special Work Permit(SWP、BI発給)」の検討余地がある。DO 248で要件が変わっているため必ず最新版で確認。
15. 在宅勤務 ── 2つの別々のルールが重なる
15-1. 労働法サイド:在宅勤務法(Telecommuting Act)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法律 | RA 11165(在宅勤務法)、2018年12月20日署名、2019年1月26日施行 |
| 施行規則 | 当初はDOLE DO 202-19 → 現行は DO 237-22(改訂施行規則) |
| 性格 | 任意(voluntary)。労使合意または経営裁量により導入 |
| 同等待遇原則 | 在宅勤務者を別カテゴリー・下位の労働者として扱ってはならない。残業代・夜勤手当・休憩・祝日・研修機会・昇進機会・業務量・評価基準はすべて出社勤務者と同等 |
| 勤務地の扱い | 代替勤務地での労働は「雇用主の通常の勤務場所での労働」とみなされる。 在宅勤務者を「外勤者(field personnel)」扱いにはできない(労働時間が合理的確実性をもって把握できない場合を除く) |
| 孤立防止 | 雇用主は在宅勤務者が他の従業員から孤立しないための措置を取る義務 |
| データ保護 | DO 237-22 第7条(g)。データプライバシー法(RA 10173)が補充的に適用(RA 11165第6条) |
| 必須記載事項 | 対象者の要件、機器の使用、労働条件、苦情処理手続 等 |
15-2. 税制優遇サイド:PEZA/CREATE MORE の在宅勤務ルール
ここが日本企業の最大の落とし穴である。 経済特区(PEZA等)登録企業(RBE)は、従来「特区内で操業すること」が優遇維持の条件だった。
| 時期 | ルール |
|---|---|
| 2021〜2022年3月 | FIRB決議19-21で、IT-BPMのRBEは在宅勤務を認められた(2022年3月31日まで) |
| 2022年〜 | FIRBがPEZAの延長要請を却下 → その後上限30%で認容 |
| 2024年11月〜(RA 12066=CREATE MORE法) | RBEは総従業員の50%を上限とする在宅勤務/テレコミューティング制度を導入でき、条件を満たせば優遇の資格に影響しない |
| CREATE MORE 施行規則(IRR) | DOF・DTIが署名。全ての投資誘致機関(IPA)に50%在宅勤務を認める裁量 |
| 2026年4月8日 | FIRB決議 No. 005-26 が発出済み。 正式名称は「Granting Authority to IPAs to Adopt Up to 90% Temporary WFH Arrangements for Registered Business Enterprises (RBEs) with Registered Projects or Activities in light of the declared National Energy Emergency under Executive Order No. 110 s. 2026」。EO 110(国家エネルギー非常事態、2026年3月24日)を根拠に、IPA(投資促進機関)に対して一時的な在宅勤務上限を最大90%まで認める権限を付与するもの(4月10日公表)。 注注 (2026-08-25 相互照合で修正。出典:FIRB公式 決議一覧 firb.gov.ph/resources/resolutions/ で決議番号・表題を直接確認) 旧稿の「50%超を認めるFIRBガイドラインは2026年8月時点で未発出」は誤り。分野資料「IT-BPM産業」§8(2)の記述(FIRB決議005-2026で最大90%)が正しい |
| 2026年4月 | PEZAは中東情勢に伴うエネルギー使用抑制の観点から、登録企業に在宅勤務の申請を推奨。LOA(Letter of Authority)の取得が前提(BusinessMirror) |
| 副次的影響 | PEZAからBOI(投資委員会)への登録移管申請が440社超。BOIは特区内操業義務がないため |
注 「フィリピンは在宅勤務OK」は半分しか正しくない。 - 労働法上は自由(RA 11165)。 - しかし PEZA/IPA 登録企業が税制優遇を維持したまま在宅勤務させられるのは、恒久的な法定上限としては総従業員の50%までであり、しかもLOA等の手続が要る。優遇を失うと法人税負担が激変する。 - 2026年4月8日のFIRB決議 No. 005-26 により、IPAは「一時的措置」として最大90%まで認める権限を得た(根拠はEO 110の国家エネルギー非常事態)。注 これは恒久ルールの変更ではない。 「フィリピンのBPOは9割在宅OK」と書くのは誤り。(2026-08-25 相互照合で追記。出典:FIRB公式 決議一覧) - CREATE MORE の強化控除方式(Enhanced Deductions Regime)では、登録活動所得の法人税率が20%、電力費の追加控除が100%(従来50%から拡大)。
16. 職場の安全衛生(RA 11058)── 2025年に施行規則が全面改定
16-1. 法律本体
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法律 | RA 11058(労働安全衛生基準の遵守強化および違反に対する罰則に関する法律)、2018年8月17日成立 |
| 位置づけ | 注(2026-08-26 訂正)旧記述「労働法典第162〜165条を改正・強化」は誤り。RA 11058 は労働法典の特定条を改正していない。同法の廃止条項は第34条で「本法と矛盾する法令等を修正または廃止する」という一般条項にすぎず、第3条(j)はむしろ「労働省長官が PD 442 Book Four, Title I, Chapter 2 の第168条・第171条に基づき発する安全衛生基準」と、労働法典の該当条が生きている前提で定義している。注第168条・第171条は DOLE Department Advisory No. 01, s. 2015 による採番替え後の番号(旧番号は第162条・第165条)。同法は労働法典を改正する法律ではなく、別建ての安全衛生法として罰則と監督権限を新設した法律である(出典:LawPhil https://lawphil.net/statutes/repacts/ra2018/ra_11058_2018.html 第3条(j)・第34条) |
| 改正の有無 | (2026-08-26 改正確認)RA 11058 は2026年8月時点で改正されていない。変わったのは IRR(DO 198-18 → DO 252-25、2025-05-16 施行)である。本体条文が無改正であることと、実務が変わっていないことは別(出典:LawPhil 共和国法一覧 2019〜2026) |
| 対象 | 民間部門の全雇用主・労働者・請負・下請(経済特区、農業事業、建設現場を含む) |
| 主な除外 | 従業員10人未満かつ総資産300万ペソ未満の零細企業(DOLE登録と基本安全要件の遵守が条件)、AFP・PNPの実動作戦、家事使用人 |
| 連帯責任 | 元請と請負・下請は、請負業務のOSH遵守について連帯して責任を負う |
| 罰則 | 注(2026-08-26 条文精査で補正)法律本体(RA 11058 第28条)が定めるのは「1日あたり10万ペソを超えない(not exceeding ₱100,000.00 per day)行政制裁金」という上限のみで、「2万ペソ」という下限は条文にない。「1日2万〜10万ペソ」の段階表は IRR(DO 198-18、現行は DO 252-25)が定めるものであり、法律の文言ではない。是正されるまで日数分積み上がる点、同一違反の繰返しは50%加算、労働者を死亡・重傷・重篤な疾病にさらす違反を重く扱う点は IRR の運用(出典:LawPhil ra_11058_2018 第28条/DOLE DO 252-25) |
16-2. 2025年の新施行規則 ── DOLE Department Order No. 252-25
旧IRRのDO 198-18を置き換え、2025年5月16日施行。 これは旧稿にまったく記載がなかった重要な変更点である。
| 変更点 | 内容 |
|---|---|
| 対象の拡張 | リモートワーク環境、職場化した住居、GOCC(政府系企業)、経済特区企業、請負・下請活動を明示的に対象に |
| 新しいハザード類型 | 心理社会的ハザード(ストレス、いじめ、ハラスメント)、リモートワークの人間工学、自動化・AIによる技術的リスク、気候変動の影響 |
| 安全担当者(Safety Officer) | 高リスク産業・新興ハザード向けの専門研修を導入し、コンピテンシー要件を更新 |
| 罰則構造 | 初回の行政罰金は引下げ、繰返し違反は大幅に引上げ(累進制)。故意の不遵守は1日10万ペソ |
| 執行権限 | 労働監督官の権限を整理。切迫した危険(imminent danger)がある場合の即時作業停止の手順を明確化 |
| 労働者参加 | 危険報告メカニズムの改善、報復からの保護の強化、OSH委員会への実質的参加、ジェンダーに配慮した職場方針 |
実務:DOLE監督では、GLS(一般労働基準)の指摘は20日以内、OSHの指摘は90日以内に是正が求められる。 注 頻出の不備:OSH文書の不備、Rule 1020(事業所登録)の更新漏れ、13か月給与報告の未提出。
17. 労働監督と紛争処理(DOLEの2025年実績)
| 指標(すべてDOLE、2025年) | 値 |
|---|---|
| 監督(Labor Inspection Program)実施事業所 | 33,007事業所/労働者370万人(2025年11月時点) |
| 技術助言訪問(TAV、MSME向け) | 168,100件/労働者315,560人 |
| GLS(一般労働基準)遵守率 | 79.87% → 是正後 94.53% |
| OSH 遵守率 | 90.06% |
| 労働者への金銭給付 | 24.5億ペソ/835,886人 |
| 労働事件の処理率/SEnAでの和解率 | 98.07%/82.55% |
紛争処理の流れ: ① SEnA(30日以内の必須調停)→ ② NLRC(国家労働関係委員会)仲裁 → ③ NLRC本委員会 → ④ 控訴裁判所 → ⑤ 最高裁。組合絡みはNCMB(国家調停仲介委員会)が別ルートで調停。
注 SEnA(Single Entry Approach)は「原則として必ず通る入口」。 ほぼすべての労働紛争は、まず30日間の調停に付される。ここでの和解が8割超であり、弁護士を立てて争う前に、この段階で解決するのが実務の常道。
18. 立法動向 ── 法定賃上げ法案(P200 wage hike)
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2024年2月 | 上院が日額100ペソの一律賃上げ法案を可決 |
| 2025年6月4日 | 下院が日額200ペソの一律賃上げ法案を第三読会で可決(HB 11376) |
| 2025年6月 | 19期議会が両院協議会での一本化を果たせないまま閉会 → 両法案とも廃案。下院は「上院が潰した」、上院は「下院が16か月放置し閉会2日前に動いた」と非難の応酬 |
| 2026年 | 20期議会で下院法案88号(HB 88)として復活。2026年6月30日に下院労働委員会で公聴会 |
- 成立すれば1989年(RA 6727)以来、初の法定賃上げとなる。TUCPは500万人超の最低賃金労働者が裨益すると主張。
- 注 拒否権リスク: マルコス大統領が中小企業への影響を理由に慎重姿勢を示しており、ズビリ上院議員らは「200ペソ版は拒否権を招く」と警告してきた。
- 使用者側(ECOP、オルティス=ルイス会長)は「最低賃金労働者は全労働者の約10%に過ぎない」と反対。
- 労働側(KMU)は「200ペソでも不足、日額1,200ペソを求める」と主張。
注 「フィリピンで最低賃金の一律引上げが決まった」という報道を見たら、それが地域賃金令(RTWPB)なのか法定賃上げ法案(議会)**なのかを必ず区別すること。両者はまったく別のトラックである。
19. 日本企業がよく間違える点(まとめ)
| # | 誤解 | 実際 |
|---|---|---|
| 1 | 「フィリピンの最低賃金は◯◯ペソ」 | 17地域×区分ごとに違う。単一の数字は存在しない |
| 2 | 「NCRは755ペソ」 | 2026年8月25日時点で裁判所の差止により宙に浮いている。695か755かは法的に未確定 |
| 3 | 「最低は366ペソ」 | 注 2026年8月6日のBARMM-05で更新。現在の下限はNWPC掲載で401ペソ |
| 4 | 「13か月給与は賞与」 | 法定義務。未払いは労働法違反 |
| 5 | 「有給は日本並みにある」 | 法定はSIL 年5日のみ。ただし市場相場はVL/SL各15日 |
| 6 | 「派遣を使えば正社員化を避けられる」 | 実態が労働者供給なら元請が直接雇用主と認定される(DO 174-17) |
| 7 | 「6か月未満で切れば問題ない」 | 反復更新は endo として摘発対象。試用は原則6か月・書面基準必須 |
| 8 | 「在宅勤務は自由」 | PEZA登録企業は税優遇維持のため恒久上限50%+LOA手続(CREATE MORE)。FIRB決議005-26(2026年4月8日)でIPAは一時的に最大90%まで認めうるが、これは非常事態下の暫定措置 |
| 9 | 「AEPを取れば働ける」 | AEPとビザ(9G)は別。両方必要。2025年のDO 248/248-Aで手続変更 |
| 10 | 「安全衛生はDO 198-18」 | 2025年5月16日からDO 252-25に置き換わった |
| 11 | 「失業率が低いから労働市場は良好」 | 不完全就業率12.1%とインフォーマル部門の大きさを見るべき |
| 12 | 「労働組合が強くてストが多い」 | 組織率6.0%(2020年ISLE)、実ストライキは年数件 |
20. 一次情報の確認先
| 機関 | 内容 |
|---|---|
| NWPC(nwpc.dole.gov.ph) | 地域別最低賃金・賃金令原文。必ずここで確認する |
| DOLE(dole.gov.ph) | 省令(Department Order)、労働アドバイザリー |
| PSA(psa.gov.ph) | 労働力調査(LFS)、ISLE、子どもに関する調査 |
| NCMB(ncmb.gov.ph) | ストライキ通告・調停の統計(ADR Updates) |
| NLRC(nlrc.dole.gov.ph) | 労働紛争の仲裁 |
| SSS / PhilHealth / Pag-IBIG | 各制度の料率表・回状(circular) |
| DMW(dmw.gov.ph) | 海外労働者、派遣の可否・アドバイザリー |
数値を引用する際の鉄則: ①推計値(IBON、OECD等)と政府確定値を区別する、②調査年を必ず明記する(ISLEの組織率は2020年値)、③「速報(preliminary)」表記を落とさない、④賃金令は発効日と段階(tranche)をセットで書く。