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建設産業

情報基準日:2026-08-26 / 分野:経済・産業・ビジネス

2026年のフィリピン建設業は「縮小」する。長らく成長エンジンだった産業が、汚職スキャンダルを引き金に一年で失速した。 ただし2027〜2030年は年平均6.8%成長へ回復する、というのが業界予測の共通見解である。


1. 何が起きたのか ── 一年で反転した予測

同じ調査会社(グローバルデータ/GlobalData)の予測が、1年で真逆に振れた。これが今のフィリピン建設業を最もよく表している。

発表時期 予測内容
2025年Q4版 2025年は3%成長。2026〜2029年は年平均6.9%成長(交通・再エネ・産業投資が牽引)
2026年Q1版 2026年は実質1.5%減。要因は事業の遅延・FDIの減少・資材価格の上昇
2026年Q2版 2026年は実質2.4%減へ下方修正。燃料価格の上昇が要因に追加
中期 2027〜2030年は年平均6.8%成長(再エネ・交通・産業建設が支える)

「市場規模」を語る調査には名目ベースのものもあり、同じ2026年を「8%成長」と書く資料も存在する。実質か名目かを必ず確認すること。


2. マクロ統計に出た数字(2026年)

2026年4〜6月期のGDP成長率は2.3%。コロナ禍を除けば2009年10〜12月期以来の低さ(PSA、2026年8月発表)。その主犯が建設である。

指標(2026年4〜6月期・前年同期比) 数値
実質GDP +2.3%(1〜3月期は+2.8%)
総資本形成 ▲9.2%
総固定資本形成(GFCF) ▲13.7%(コロナ期を除き2011年以来の悪さ)
建設投資(全体) ▲14.8%
一般政府建設 ▲32.4%
鉱業・建設機械への支出 ▲42.7%(建設会社が設備投資を止めた)
産業部門全体 ▲2.4%(製造業はプラスを維持)

国家経済当局(DEPDev、バリサカン長官)は「治水事業スキャンダルによる継続的な慎重姿勢」を主因と説明している。


3. 引き金 ── 治水事業(flood control)汚職

2025年に表面化した公共事業道路省(DPWH/Department of Public Works and Highways)の治水事業汚職が、産業全体の血流を止めた。

  2022〜2025年の治水予算 5,450億ペソのうち、
    大統領が名指しした15社が 1,000億ペソを受注(約2割が15社に集中)
    (2026-08-25 相互照合)分野資料「財閥・企業グループ」9-2は同じ支出を
      「2022年半ば以降 5,456億4,000万ペソ」とする。丸め・期間の切り方の差と
      みられるが一次資料(DPWH/大統領府)では未確認。「約5,450億〜5,456億ペソ」
      と幅で書くのが安全。「1,000億ペソが15社」の部分は両資料で一致。

  「ゴースト事業」(存在しない工事)の存在が発覚
  ディスカヤ(Discaya)関連9社などのPCABライセンスが取消
  60社超がDPWHのブラックリスト対象に
  ブラックリストは「1年」から「永久」へ運用変更(ディソン長官)

本当の打撃は「無関係な会社」に来た

汚職とは無関係な建設会社まで、事業が止まった。 理由は「役人が承認印を押さなくなった」こと。責任追及を恐れ、決裁が止まった。 2025年のインフラ支出は1兆3,240億ペソで目標未達、公共建設は17.9%減(BusinessMirror、2026年4月)。 世界銀行は2026年の成長予測を5.3%→3.7%へ引き下げ、理由に汚職捜査による投資家心理の冷え込みを挙げた。

予算への波及

項目 金額
DPWH 2026年当初案(NEP) 8,813億ペソ
DPWH 2026年成立額 約5,300億ペソ当初案8,813億ペソの約6割=削減幅が約4割
(2026-08-25 相互照合で修正)旧稿の「当初案の約4割」は算術が合わない(5,300 ÷ 8,813 = 60.1%)。「約4割」は残った額ではなく削られた額の割合である。同一節の表内で自分の数字どうしを突き合わせれば検出できた誤り
2026年インフラ支出目標 1兆5,580億ペソ(GDP比5.1%)

2026年6月末から予算管理省(DBM)が動員資金の放出を再開し、DPWHは6〜7月に契約発注を再開した。第3四半期以降の回復が焦点。


4. 資金と需要のシグナル

建設業の先行指標は、ほぼ全て下を向いている。

指標 数値 出典
銀行の建設向け貸出残高 2025年は+4.8% → 2026年1〜2月 ▲6.3%2026年6月 ▲13.9% BSP
銀行の不動産エクスポージャー比率 2025年末 18.93%(7年ぶり低水準/上限は25%) BSP
承認ベースの外国投資 2025年は▲50.1%(2,723.8億ペソ)。2024年も▲38.6% PSA
同・2026年1〜3月期 +52.3%(低い基数からの反発) PSA

建築許可(approved building permits、PSA)

月(2026年) 件数 前年同月比
1月 ── +1.6%
2月 14,996件 ▲2.2%
4月 13,677件 ▲6.8%
5月 15,436件 ▲11.6%

件数が春以降に明確に崩れている点に注意。民間需要も弱っている。


5. 資材 ── 「上がっている」のは何か

「資材価格の上昇」が2026年減速の主因に挙げられるが、公式指数(CMWPI、首都圏、2018=100)を見るとセメントも鉄筋も実は下落している。上がっているのは燃料・生コン・砂利である。

品目(2026年3月・前年同月比) 変化
CMWPI 総合 +1.1%(2025年3月は+0.2%)
燃料・潤滑油 +7.9%(前月+0.2%からの急騰)
生コン製品 +2.2%
砂・砂利 +1.6%
セメント ▲1.5%
鉄筋 ▲0.1%
構造用鋼材 ▲1.7%(1月)

フィリピン建設業協会(PCA/Philippine Constructors Association)の会員である大手ゼネコンは、鋼材・セメント・燃料で最大30%の値上がりを見込むと述べている(2026年3月、Philstar)。公式指数と実勢見積りの乖離が大きい。 中東紛争による燃料高が、フィリピンでは「建設コスト」として現れている。


6. セメント ── 輸入とダンピング/セーフガード

フィリピンは世界有数のセメント輸入国になった。国内メーカーはこれを「不当な輸入」として争っている。

項目 数値
セメント輸入量(2024年) 760万トン(過去最高、前年比+10%)
輸入の国内市場シェア 2019年 25% → 2024年 46%
国内生産能力 約5,300万トン/年
国内稼働率 約53%(2025年、CeMAP)
最大の輸入元 ベトナム(2025年は輸入の79%、2026年Q1は63%)
セメント産業の雇用 約13万人(PCCI)

措置の流れ

  2022年12月  ベトナム産にアンチダンピング税を賦課
  2025年 2月  暫定セーフガード(400ペソ/トン=40kg袋あたり16ペソ、200日間の現金保証)
  2025年10月  関税委員会が「輸入増と国内産業の重大な損害の因果関係」を認定 → 確定措置へ
  2026年 2月  確定セーフガードが発効
  2026年 6月  中国・インドネシアを「開発途上国免除」から除外
              → 349ペソ/トン(40kg袋あたり14ペソ)を3年間、DAO 26-03

除外の理由は、中国の輸入シェアが2025年の11%から2026年Q1に23%へ急上昇し、免除の3%基準(de minimis)を超えたこと。


7. 主要事業 ── どこにお金が動いているか

MTerra Solar(エムテラ・ソーラー)

フィリピン建設業で現在最大級の民間案件。メラルコ系のMGEN(Meralco PowerGen)とSPNECが手掛ける。

項目 内容
場所 ヌエバエシハ州とブラカン州にまたがる3,500ヘクタール
投資規模 2,000億ペソ(約34億ドル)
全体構想 太陽光3,500MWp(パネル約500万枚)+蓄電池4,500MWh
第1期 2026年2月12日にルソン系統と同期(「The First Spark」、ヌエバエシハ州ガパン)/2026年7月14日に落成
第1期の規模 太陽光1,373MW+蓄電池825MW/3,300MWh
注意点 系統への最大送電は750MWに制限(送電網側の工事待ち)
第2期 2027年予定。EPCは中国能源建設(Energy China)と契約済み

鉄道と公共事業

事業 状況
2026年予算の鉄道向け配分 1,825億ペソ(約32億ドル)(グローバルデータが挙げる政府案ベース)
南北通勤鉄道(NSCR) 成立予算では576億→306億ペソに減額(工事の遅れを理由に、2025年12月の両院協議会)
メトロマニラ地下鉄 392億→222億ペソに減額。用地取得91%、部分開業2028年、全線2032年へ後ろ倒し
日本の円借款 2026年3月27日、地下鉄第1期(第四期分)2,200億円/2026年2月4日、MRT3改修(第三期)216.3億円
2026年内完成目標の旗艦事業 9件・2,159.5億ペソ(カビテ・ラグナ高速道路354億、NLEX-SLEX連絡路232億、首都圏治水管理249億など)
PPPパイプライン 252件・3兆1,600億ペソ(PPPセンター)
新マニラ国際空港(NMIA、ブラカン) サンミゲル系。総事業費:150億ドル(本稿)/7,356億ペソ(分野資料「観光産業」6章)。マニラ湾埋立2,500ha。契約工程比で既に遅延、完成2028年(観光産業は「2028年後半」、旅客ターミナル着工2026年1月とする)
(2026-08-25 相互照合)事業費が資料間で食い違う。 150億ドルは2026年8月のレート(約61.8ペソ/ドル)で約9,270億ペソ相当となり、7,356億ペソ(≒119億ドル)と一致しない。当初発表額とペソ建て改定額、あるいは第1期分と全体の混在が疑われるが、一次資料(SMC開示/DOTr)では未確認。両方を残す。

注目は「政権4年で完成した旗艦事業がわずか10件・1,026.6億ペソ」という実績値(DEPDev)。計画と実行の差が構造的に大きい。


8. 業界の構造 ── 誰が造っているか

会社 特徴
DMCIホールディングス(DMCI Holdings) コンスンヒ(Consunji)家。建設・不動産・電力・鉱業・水道・セメントの複合体。2026年の設備投資計画は246億ペソ(前年222億ペソから+11%)
メガワイド(Megawide Construction) 技術者2人(サーベドラ/コシキエン)が創業。マクタン・セブ空港、PITX、首都圏地下鉄の地下駅。東南アジア有数のプレキャスト工場を保有
EEIコーポレーション(EEI Corporation) ユーチェンコ系。発電所・製油所・プラント・高架道路など重工系の据付工事に強い
サンタクララ(Sta. Clara International) 土木・水インフラ
日系 大成建設が1982年進出、現地法人「大成フィリピン建設」を運営。ODA案件(新イロイロ空港、南北通勤鉄道など)が主軸

参入規制(PCABライセンス)

共和国法4566号(Contractors' License Law)により、入札参加を含め、ライセンスなしでは建設業を営めない。所管はDTI傘下のPCAB(Philippine Contractors Accreditation Board)。

種類 対象
通常認可(Regular) フィリピン資本60%以上の企業。年度更新(6月30日まで)
特別認可(Special) 外国企業・JV向け。原則プロジェクト単位で、完了時または1年で失効
注釈付き通常認可(AAAA) 純資産10億ペソ以上。建築は50億ペソ以上、基礎インフラは30億ペソ以上の契約に限定

最高裁は、PCABが施行規則で課していた外資規制部分を無効と判断し、再審請求も退けた(外国企業も通常認可を取得しうる)。 しかしPCABが施行規則を改正していないため、実務では依然として「特別認可」か「AAAA」経由が現実解である。欧州商工会議所(ECCP)は、国内企業の最低資本1億8,000万ペソに対しAAAAの10億ペソは過大だとして是正を求めている(2025年)。


9. 労働力 ── 国内不足と海外流出

指標 数値
建設業の就業シェア(2026年6月) 9.7%(卸小売19.6%、農林17.7%に次ぐ第3位)
労働力人口(2026年6月) 5,325万人/失業率4.9%
建設就業者数の概算 約480〜490万人(シェアからの推計。PSAの絶対数公表値は未確認)
建設業の就業シェア推移(2026年) 2月9.2% → 3月9.6% → 4月9.8% → 6月9.7%
OFW(海外労働者)派遣(2025年) 270万人超、前年比+15.43%(DMW速報)。最大の陸上派遣先はUAEで約40万人

構造問題:PIDSの研究では建設労働者の年齢中央値が上昇し続けている。TESDAが電気工・溶接工・重機オペレーターの訓練を拡充しているが、National Certificate(NC)取得は海外就労の資格にもなるため、育成が流出を加速させるという逆説がある。

PCAは、海外で働くフィリピン人技能者を呼び戻すための複数年の税制優遇を議論している。


10. 落ち込みの一方で伸びている分野

「建設業が縮む」のは主に公共土木と住宅である。以下は逆方向に動いている。

分野 状況
再生可能エネルギー DOEの確定パイプライン2万6,842MWのうち再エネが84.17%(2万2,593MW)。2026年だけで7,997MWの再エネが商業運転入り目標(太陽光6,671MW、風力1,199MW)。投資委員会(BOI)は2026年1〜5月に57.2億ドル(3,446億ペソ)の再エネ13件を認証
データセンター 建設市場は2025年に5.25億ドル、2034年に16.1億ドルへ(IMARC)。ニュークラークシティの300MW級、STTフェアビュー(ケソン市、128MW構想)など。通信・データセンターは外資100%出資が可能に
住宅(低価格帯) 2026年上期の純吸収の67%が180万〜360万ペソ帯(前年33%から倍増、コリアーズ)

逆に、首都圏コンドミニアムは供給過剰

  2026年末の空室率は 25.6% でピークの見込み(コリアーズ)
  未販売在庫 約8.1万戸/621事業(うち約3.24万戸は完成済み未販売)=コリアーズ
  現行の販売ペースで約31か月分の在庫
  ベイエリア(Bay Area)の空室率は60%に迫る(POGO撤退の後遺症)

  (2026-08-25 相互照合)在庫の数字は調査会社ごとに違う。
    ・コリアーズ(本稿)  :約81,000戸/約31か月分
    ・リーチュー(LPC)   :82,900戸=過去最高(2026年第2四半期。GMA 2026年7月7日)
    ・Bilyonaryo(2025年12月):42か月分の過剰供給
    いずれも民間調査会社の推計であり政府統計ではない。定義(対象エリア・
      「未販売」の範囲・分母の販売ペース)が揃っていないので、
      数字を並べて「増えた/減った」と論じてはいけない。
      詳細は分野資料「不動産購入と投資の実務」10-1を参照。
  → 資材高と利幅縮小で、開発業者が新規事業を延期している

11. 日本から見るときの勘所

「予算がついた=工事が動く」ではない。2026年は予算成立後も決裁が止まり、公共建設が3割減った。予算額より「実際の支出(disbursement)」と「契約発注(award)」を見る。

DPWHの発注権限は地方に分散している。2026年7月1日付の省令で、地区技師(district engineer)と地方局長の入札・契約締結権限が維持された。窓口は中央だけではない。

契約相手のPCABライセンスとブラックリスト状況を必ず確認する。ライセンス取消は事実上の事業停止であり、PhilGEPS(政府電子調達)からの登録抹消も進んでいる。

資材価格は公式指数と実勢が乖離している。特に鉄筋は、指数上ほぼ横ばいでも実勢見積りは大きく動く。工期の長い案件は価格スライド条項の設計が要る。

チェックすべき定点:PSAの建築許可統計(月次)/PSAのCMWPI(月次)/BSPの建設向け貸出残高(月次)/DBMのインフラ支出実績/DPWHの契約発注状況。


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