フィリピンのIT-BPM産業
フィリピンの基幹産業。GDPの8%超、輸出収入400億ドル超、雇用190万人。 そしていま、AI(人工知能)によって産業史上最大の転換点にある。2026年7月、業界団体は自ら成長目標を引き下げた。
用語:IT-BPM=Information Technology and Business Process Management(情報技術・ビジネスプロセス管理)。日本で言う「BPO(Business Process Outsourcing)」「コールセンター産業」を含む、より広い呼称。フィリピンでは業界団体 IBPAP(IT and Business Process Association of the Philippines) が統計を出している。
1. 規模 ── 2025年実績と2026年目標
| 年 | 輸出収入 | 雇用(FTE) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2024年(実績) | 380億ドル | 182万人 | IBPAP |
| 2025年(実績) | 400億ドル超(+5%) | 190万人(+4%) | IBPAP。世界平均成長率3%を上回る |
| 2026年(目標) | 423億ドル | 196万人 | IBPAP改定ロードマップ(2026年7月) |
| 2027年(目標) | 453億ドル | 199万人 | 同上 |
- 2025年に初めて400億ドルの大台を突破した(IBPAP、2026年1月発表)。
- GDPの8%超を占める(IBPAP/複数媒体、2025〜2026年)。
- 注 「403億ドル」という精緻な数字は、IBPAP会長報告書(President's Report 2026)を要約した二次情報に出るが、IBPAPの公式発表・主要紙(Philstar、Inquirer、BusinessWorld、GMA)の見出しはいずれも 「400億ドル超」 止まりである。資料に書く際は「400億ドル超(約403億ドル)」と幅を持たせるのが安全。
- 注 2026年目標には2つの数字が流通している。 2026年1月時点のIBPAP発表は「420億ドル/197万人」、2026年7月のロードマップ改定後は「423億ドル/196万人」。新しいのは後者だが、古い数字を載せた記事が今も検索上位に出る。
注 知らないと間違える点:政府統計と業界統計は一致しない
| 出典 | 2025年のBPO関連収入 | 性格 |
|---|---|---|
| IBPAP(業界団体) | 400億ドル超 | 業界調査ベース。IT-BPM全体(IT、F&A、医療情報、GCCなどを含む) |
| BSP(中央銀行) | 335億ドル(2025年見通し、2025年12月改定) | 国際収支(BOP)統計上の「アウトソーシング収入」。定義・計上範囲が異なる |
同じ「フィリピンのBPO収入」でも、業界団体と中央銀行で 60億ドル以上の差 がある。どちらを引用したかを必ず明記すること。BSPは2026年・2027年のIT-BPM収入の伸びを 年4% と見込む(BSP、2025年12月)。
2. AIによる2028年目標の下方修正 ── 2026年最大の論点
2026年7月14日、IBPAPは2022年策定の「2028年ロードマップ」を中間見直しし、目標を引き下げた。
| 輸出収入(2028年) | 雇用(2028年) | |
|---|---|---|
| 当初(2022年策定) | 589億ドル(≒590億ドル) | 250万人 |
| 改定・ベストケース | 505億ドル | 214万人 |
| 改定・ダウンサイド | 433億ドル | 185万人(AI対応人材) |
- 注 当初目標は「590億ドル」と丸めて報じられることが多いが、原数値は 588.9〜59億ドル(BusinessWorld、Manila Times、2026年7月)。
- ベストケースでも当初比 約84億ドル減、雇用目標は 14%減。
引き下げの理由(IBPAPが挙げたもの)
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| AIの急速な普及 | 初級・定型業務の自動化 |
| 買い手(発注企業)の行動変化 | 投資決定の遅延、案件の小口化 |
| 世界的な競争激化 | 南アフリカ、エジプト、ポーランド、コロンビア、コスタリカ、ベトナムなど新興拠点 |
| 地政学リスク | 中東情勢など |
| ダウンサイド固有の要因 | 政策の不確実性、地方自治体(LGU)ごとの手続きのばらつき、人材の層の薄さ、インフラ品質、内部犯行型サイバー犯罪 |
指標そのものの転換: 改定ロードマップは目標を「250万人の労働者」から 「200万人のAI対応(AI-enabled)労働者」 に置き換えた。頭数ではなく「1人あたりが生む価値」で成功を測る、という宣言である。
Jack Madrid(IBPAP会長兼CEO)の発言(2026年7月、GMA News/Inquirer) ・「この3年で世界は変わった。AIというものが現れた」 ・「AIは現実の変化だが、まだ本格的にスケールしたとは思っていない」 ・「長年、業界は『何人雇えたか』で成功を測ってきた。次の章は、デジタル・フィリピン人労働者ひとりが生む価値で定義されるようになる」
重要:IBPAPは「大量解雇はまだ起きていない」とも明言している。AI試験導入の影響を受けた初級職の従業員は、解雇ではなく 配置転換(redeploy) されたとしている(IBPAP、2026年7月)。
3. AIの影響 ── 推計の幅が非常に大きい
| 出典・年 | 推計 | 性格 |
|---|---|---|
| IMF Working Paper No. 25/43(2025年2月) | BPOはフィリピンで最も代替リスクが高い産業。経済全体では36%の職がAI代替リスクに晒される。特にコールセンター部門、そして高賃金サービス職の女性が最も脆弱 | 学術・国際機関の推計 |
| DTI(貿易産業省) | BPO職の50% | 政府の推計 |
| Capital Economics(2026年8月) | フィリピンのBPO収入の約70%が音声(voice)業務に依存。業界推計では2030年までに約100万人分の職が自動化に脆弱 | 民間調査会社 |
| World Bank『世界開発報告2026』 | フィリピンは生成AIの影響を最も受けやすい経済のひとつ。顧客サポート、文字起こし、書類処理、データ入力が最高リスク | 国際機関 |
| ILO(2016年) | BPO従業員のほぼ90%が高リスク | 注 10年前の古い数字。今も引用されるが前提が違う |
注 「◯%の職が消える」という単一の合意数値は存在しない。 36%〜50%〜90%と出典によって桁が違う。資料に書くときは必ず出典と年をセットにすること。
共通して指摘されるのは「初級職の入口が細る(entry-level squeeze)」という構造:
売上は伸びる/総雇用も大きくは減らない
↓ しかし
新卒・未経験者が入ってくる「入口の仕事」が消える
(基本的な問い合わせ対応、パスワード再設定、データ入力、
文字起こし、予約受付、定型チャット・メール返信)
↓
数年後に中堅層が育たない、という時間差の問題
Dominic Ligot(Philippine AI Business Association)は、AIの脅威を 「重大だが管理可能(significant but manageable)」 と表現している(BusinessWorld、2026年8月19日)。
4. GCC(グローバル・ケイパビリティ・センター)への転換
GCC=多国籍企業が自社の内製拠点として海外に置く「社内センター」。 第三者BPOへの外注ではなく、自前で持つ。これが2025〜2026年の最大の構造変化である。
| 項目 | 数値 | 出典・年 |
|---|---|---|
| フィリピンのGCC数 | 約170社 | IBPAP、2026年第2四半期 |
| (別集計) | 約200社 | Leechiu Property Consultants、2026年 |
| (別集計) | 約160社 | 報道、2026年1月 |
| 2023年時点 | 約150社 | IBPAP |
| GCCの収入寄与 | 約80億ドル=IT-BPM収入の約20% | 推計、2026年 |
| GCC雇用 | 27万人(2024年25万人) | IBPAP、2025年 |
| 世界のGCC雇用に占める比率 | 約18% | IBPAPの主張。第三者検証は未確認 |
| 新規設立目標 | 年30社 | IBPAP |
注 GCCの数は出典によって150〜350社とばらつく。 「何をGCCと数えるか」の定義が統一されていないため。「フィリピンにはGCCが◯社ある」と断言せず、必ず出典を添えること。
インドとの差は圧倒的
| フィリピン | インド | |
|---|---|---|
| GCC数 | 約170〜200社 | 2,117社(拠点数3,728) |
| GCC従業員 | 27万人 | 236万人 |
| GCC収入 | 約80億ドル | 984億ドル |
| 年間新設ペース | 目標30社 | 約150社/年 |
(インド側:Nasscom-Zinnov『India GCC Landscape Report 2026』、2026年3月時点)
フィリピンの「年30社」目標は、インドが1年で増やす数の5分の1にすぎない。注 「フィリピンはGCCで世界2位」という言い方は、規模ではなく“インドに次ぐ有力な第2市場”という意味であり、数量的な接近を意味しない。
GCCの中身: 銀行・金融サービス・保険(BFSI)、ヘルスケアが牽引。米国だけでなく オーストラリア・欧州 の金融機関・医療機関からの引き合いが増えている(Madrid、2026年8月)。業務も従来のバックオフィスから、アナリティクス、ビジネス・インテリジェンス(BI)、プロジェクト管理、トランスフォーメーション、戦略 といった専門職へ広がっている。
5. 業務領域の変化 ── 音声から非音声・高付加価値へ
| セグメント | 2025年収入 | 2026年見通し | 出典 |
|---|---|---|---|
| コンタクトセンター・BPM(CC-BPM) | 339億ドル(2024年317億ドルから+6.94%) | 357億ドル(+5.31%) | CXAP、2026年5月 |
| 同・雇用 | 168万人 | 173万人 | 同上 |
| 同・全体比 | 収入の84%超 | 収入85%/雇用87% | 同上 |
| 財務・会計(F&A) | 約80億ドル(2024年)=収入の21%超 | ── | 業界推計 |
| 医療情報管理(HIMS) | 約42億ドル(2024年)=約12% | 2028年に67億ドル見込み | 業界推計 |
依然として収入の8割超は「コンタクトセンター系」である。 「もう音声ではない」という言説は先走りで、実態は 音声に大きく依存したまま、AIの直撃を受ける位置にいる(Capital Economicsの「収入の約70%が音声依存」という指摘と整合的)。
業界団体の改名が象徴的
2026年5月26〜28日、セブで開かれた「Contact Islands」10周年大会で、CCAP(Contact Center Association of the Philippines)が CXAP(Customer Xperience Association of the Philippines)に改名した。
- 設立25年の団体が「コンタクトセンター」の語を看板から外した。
- 会長:Haidee C. Enriquez(MicroSourcing/Beepo CEO)。理事長:Mitch Locsin。
- CXAP 2026年経営者調査: AI導入が「中程度の段階」52%、「すでにスケール中」43%、「業務効率化を達成」41%。生成AI・予測分析・チャットボットが導入の中心。
6. 立地 ── 首都圏集中と地方分散のせめぎ合い
| 拠点 | 位置づけ | 2026年の動き |
|---|---|---|
| メトロマニラ(NCR) | IT-BPMオフィス取引の約70%(2026年Q1、Colliers)。BPOオフィス面積の約60% | AO 45でPEZA枠が再開(後述) |
| セブ(Metro Cebu) | 地方最大。2026年Q2に9,200㎡、H1に31,100㎡で地方トップ | 今後3年で17.4万㎡の新規供給 |
| イロイロ(Iloilo) | 急伸。2026年Q1は取引でセブを上回った。H1で21,700㎡ | グレードAの新規供給が牽引。注空室率32% |
| クラーク/パンパンガ | H1で19,900㎡ | クラーク自由港の成長 |
| ダバオ(Davao) | 空室率わずか3%(供給不足) | 需要は堅調だが物件がない |
| バコロド、カガヤン・デ・オロ | 次点グループ | 注バコロド空室率34%、CDO 22% |
| 次波都市 | バギオ、サンタロサ、ドゥマゲテなど | メトロマニラより 15〜30%安い |
- 注 地方が一律に伸びているわけではない。 2026年上期の地方オフィス取引は 前年同期比37%減(CBRE/業界報道)。CBREのZeth Soriaは2026年Q2の地方市場を「率直に言ってかなり厳しい」と評した。
- ロードマップは「2028年までに労働力の40%以上を首都圏外に」 という目標を掲げているが、現状は約4割が地方という水準にとどまる。
- Digital Cities 2025(DICT+IBPAP+Leechiu、2020年発表)で25地域が「次のIT-BPM拠点」に選定された(バタンガス、カバナトゥアン、ダグパン、ジェネラル・サントス、レガスピ、タクロバン、タグビララン、サンボアンガなど)。注 これは2020年の選定であり、名称の「2025」は達成年度を指す。後継の「Digital Cities 2030」は準備段階で、公式な都市リスト・目標は未確認。
7. オフィス需要との関係 ── 空室率19%
| 指標 | 数値 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| メトロマニラ オフィス空室率 | 19.0% | Colliers、2026年Q1(2025年Q4は19.4%) |
| 同・Q2 | 19%で横ばい(前年20%) | Colliers、2026年Q2 |
| 同・2026年末予想 | 19.3%(下方修正) | Colliers、2026年8月 |
| ネット吸収予想(2026年通年) | 30万㎡(従来40万㎡から下方修正) | Colliers |
| 上期ネット吸収 | 9万㎡ | Colliers、2026年H1 |
| 2026年の新規供給 | 約50.5万㎡ | Colliers |
Leechiu(LPC)の集計は数字の取り方が違う: 2026年上期の総需要(gross demand)48.8万㎡、純需要29.3万㎡。注 ColliersとLeechiuで数字が大きく違うのは、「純吸収」と「総需要」という別の指標だから。並べて比較してはいけない。
GCCが第三者BPOを初めて上回った:
- 2026年、IT-BPMの実需案件15.5万㎡のうち 8.8万㎡がGCC由来(Leechiu)。第三者BPO事業者を初めて上回った。
- 2026年Q1時点ではGCC 39%/第三者BPO 61%だった。半年で構図が変わった。
- IT-BPMの需要は底堅い:2026年Q2のIT-BPM需要は前期比 −10% にとどまったのに対し、一般企業(traditional)は −29%。
注 一方で 案件は小口化している。2026年上期の132件の取引のうち、5,000㎡超はわずか9件(Leechiu)。「需要は消えたのではなく先送りされた」というのがLPCの見立て。
8. 制度 ── AO 45とPEZA在宅勤務ルール
(1) Administrative Order No. 45(2026年7月23日)── 首都圏のPEZA枠再開
- マルコス大統領が、NCR(首都圏)における新規PEZA IT パーク/ITセンターの7年間のモラトリアムを解除した。 2019年6月のAO 18(地方分散を狙った措置)を修正するもの。
- PEZA理事会に対し、メトロマニラのITセンター/ITパーク申請の受理・処理・評価を指示。
- 即座に5件の申請が動いた: Altaire(マカティ/MJ Landtrade)、One Trium Tower(ムンティンルパ/Triumvirate)、ARCA South 1(タギッグ/Ayala Land)、Parqal(パラニャーケ/Aseana Holdings)、The Yuchengco Centre(マカティ/San Lorenzo Ruiz Investment Holdings)。
- 市場インパクト(Colliers推計、2026年): メトロマニラのPEZA認定オフィス在庫は約790万㎡、うち賃貸可能146万㎡。ただし人気CBD(マカティCBD/フォート・ボニファシオ/オルティガス)には49.6万㎡しかない。2026〜2030年の新規供給のうち60.7万㎡はすでにPEZA宣言済み、さらに 60.4万㎡が新政策で対象になり得る = 5年で最大約120万㎡のPEZAオフィス在庫増。
- PEZA全体では IT-BPM企業1,262社、従業員106万人 を抱える(PEZA、2026年上期)。
(2) 在宅勤務(WFH)ルール
| 時期 | ルール |
|---|---|
| CREATE MORE(RA 12066)以降 注成立日は下記参照 | 優遇措置を維持したままWFH可能な上限は 総労働力の50%。IPA(投資促進機関)の実施規則に従う |
| 2026年4月8日 | FIRB決議 No. 005-26(正しくは "005-26")により、経済特区・自由港での 一時的なWFH上限を90%まで 引き上げる権限をIPAに付与(4月10日公表)。根拠はEO 110の国家エネルギー非常事態。2026-08-25 相互照合でFIRB公式の決議一覧(firb.gov.ph/resources/resolutions/)で表題を直接確認済み。分野資料「最低賃金と労働」§15-2にあった「50%超を認めるFIRBガイドラインは未発出」という記述は誤りとして訂正済み |
| 経緯 | PEZAは100%への引き上げを要請していた。中東情勢に伴う燃料・電力コスト上昇への対応として、IBPAPがPEZAに提案 |
注 「90%」は恒久ルールではなく“一時的措置を認める権限”である。 恒久的な法定上限は依然としてCREATE MOREの50%。資料に「フィリピンのBPOは9割在宅OK」と書くのは誤り。 注 WFHを実施する場合、PEZAへの テレコミューティング届出 が必要。
(3) CREATE MORE(RA 12066)の要点
注注 (2026-08-25 相互照合)RA 12066 の成立日は、フィリピン政府内でも2つの日付が併存している。どちらかを消さないこと。 - 2024年11月8日=RA本文末尾の approval line("Approved: NOV 08 2024"/LawPhil 掲載の大統領府認証コピーで直接確認)。分野資料「会社設立と起業の実務」§8はこちらを採る。 - 2024年11月11日=財務省(DOF)公式サイトの CREATE MORE 解説ページが「Signed into law on November 11, 2024」と明記。本稿の旧稿はこちらを採っていた。 署名(approval)日と公表・署名式の日のずれとみられるが、一次資料同士が食い違っているため一方を誤りと断定できない。 日付を引くときは「RA本文の approval line では11月8日、DOFの公表では11月11日」と出所を添えること。
- 強化控除(Enhanced Deduction, ED)を選ぶ登録事業者の法人税率が25%→20% に引き下げ。
- 電力費の追加控除が50%→100% に拡大(登録事業に使用した分に限る)。
- 輸出企業はITH(免税期間)を飛ばして直ちにSCIT(5%)またはEDを選択でき、IPA承認なら14〜17年、FIRB承認なら24〜27年。従業員1万人以上を維持すれば延長可(IPA +5年、FIRB +10年)。
- 地方税は 総所得の2%以内 に一本化。
- Tier III活動にサイバーセキュリティ、AI、データセンターが含まれる(IT-BPMの高付加価値化と直結)。
(4) PEZA投資承認の実績
| 期間 | 承認額 | 備考 |
|---|---|---|
| 2025年通年 | 2,608.9億ペソ(+21.91%) | 2016年以来9年ぶりの最高。314件、直接雇用78,741人見込み |
| 2026年目標 | 3,000億ペソ | PEZA長官 Tereso Panga |
| 2026年1〜7月 | 1,519.01億ペソ(+66.99%) | うちIT-BPM 28件。輸出59.05億ドル、直接雇用26,047人見込み |
9. 人材 ── 英語力・離職率・賃金
(1) 英語力
| 指標 | 2025年 | 出典 |
|---|---|---|
| EF English Proficiency Index 2025 | 世界28位/123か国・地域、スコア569(800点満点)、「高い習熟度」区分 | EF、2025年11月発表 |
| アジア域内 | 非英語圏アジアで2位(1位マレーシア581/世界24位) | 同上 |
| 世界平均 | 488 | 同上 |
| 注 変化 | 前年から6ランク下落、スコアは1点減 | BusinessWorld、2025年11月20日 |
注 「フィリピンはアジア1位の英語力」は誤り。 EF EPIではマレーシアが上。「非英語圏アジアで2位」が正確。 注 EF EPIは 自己選択型の受験者データ(2024年の220万人)に基づく指標で、国民全体の代表性はない。順位を絶対視しないこと。
(2) 離職率
| 区分 | 年間離職率 | 出典 |
|---|---|---|
| コンタクトセンター(音声) | 約40% | Jack Madrid(IBPAP) |
| GCC/社内センター | 10〜15% | 同上 |
| 業界全体(各種推計) | 30〜40% | 注業界誌・人材会社の推計。幅が大きい |
音声とGCCで離職率が3〜4倍違う。 これがGCCシフトの実務的な動機のひとつでもある。
(3) 賃金
| 指標 | 金額 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| PSA 職業別賃金調査(OWS)2024 | フルタイム時間給労働者の平均月給 21,544ペソ | フィリピン統計庁、2024年 |
| コールセンター担当者の平均月給 | 約 21,147ペソ | Indeed(求人データ、2026年8月更新)民間集計 |
| NCR最低賃金 | 日額755ペソ(2026年7月25日発効、Wage Order NCR-27)注2026年8月13日の予備的差止命令で第1段+60ペソが停止中。695ペソか755ペソかは法的に未確定(→分野資料「最低賃金と労働」§2-2) | 地域賃金委員会/NWPC公式 |
新人エージェントの賃金は、首都圏最低賃金をわずかに上回る程度(755ペソ×26日換算で月約19,630ペソ。差止中の695ペソなら月約18,070ペソ)。(2026-08-25 相互照合で差止の注記を追加。出典:NWPC公式NCRページ/BusinessWorld・Inquirer 2026年8月13日)注 「BPOは高給」というイメージは、入社時点では実態と乖離している。 上位職(スーパーバイザー、オペレーション責任者)になると月5万5千〜12万ペソ超という民間集計もあるが、これは政府統計ではない。 - 夜勤比率が高く(労働力の約6割が夜勤という業界推計)、夜間割増と交通費補助が実質賃金を押し上げている。
(4) 人材の質という最大のボトルネック
- 卒業生の就業可能率(employability)は10〜15% ── IBPAP人材開発担当エグゼクティブ・ディレクター Frankie Antolin の指摘(2026年)。注 本人が「逸話的(anecdotal)」と断っている数字であり、政府統計ではない。引用時は必ずその旨を添えること。
- 「人材がなければ、進出企業(locator)もない」(Antolin、2026年2月)。
- 注 2026年の政府AI研修プログラムがカバーできるのは約68,000人にとどまる見込み。190万人の労働力に対して極めて小さい。
再教育・人材投資の枠組み
| 施策 | 内容 |
|---|---|
| IBPAPの拠出 | 年間 2,500万ドル以上 をAI対応の人材投資に充てると表明 |
| Project UNLAD | DICT+TESDAとの連携。総額 7億4,000万ペソ(TESDA 5億+DICT 2億4,000万) |
| Can You HackIT | 地方の即戦力デジタル人材の発掘 |
| Byte the Gap | DepEd(教育省)と公立学校のIT環境整備。1,641台配布済み、追加500台予定 |
| EBET | 企業内教育訓練(Enterprise-Based Education and Training)による現職者の再教育。根拠は RA 12063(EBET Framework Act、2024-11-07)。同法第36条が労働法典(PD 442)の徒弟章・学習者章と RA 7686(Dual Training System Act of 1994)を廃止し、徒弟・学習者・二元訓練を一本化した(2026-08-26 追記。出典:LawPhil ra_12063_2024 第36条) |
| CHED(高等教育委員会) | スキル進展(skills-progression)の取り組み |
注 旧稿にあった「年14億ドルの再教育投資」という数字は裏が取れなかった。確認できるのは IBPAPの年2,500万ドル と Project UNLADの7.4億ペソ。桁が2つ違うので注意。
10. 競合国との比較
| 国 | 位置づけ | 主要数値 |
|---|---|---|
| インド | 圧倒的1位 | IT-BPM輸出 2,464億ドル(FY2026、MeitY/Nasscom)、業界全体3,154億ドル(IBEF推計)。GCC 2,117社/236万人 |
| フィリピン | 音声・顧客対応で世界トップ級、総額では2位圏 | 輸出400億ドル超/190万人 |
| マレーシア | 英語力アジア1位(EF EPI 2025、24位/581点)。Kearney GSLI 2023で世界3位 | ── |
| ベトナム | IBPAPが名指しで警戒。低コスト+IT人材 | ── |
| 新興の脅威 | 南アフリカ、エジプト、ポーランド、コロンビア、コスタリカ | IBPAPが2026年に列挙 |
注「世界第◯位」の扱い方(重要)
| 主張 | 検証結果 |
|---|---|
| 「フィリピンは世界のBPO首都」 | 注 業界・メディアの通称であり、公的な順位ではない。 2010年前後にコールセンター従業員数でインドを抜いたことが由来 |
| 「音声(voice)サービスで世界1位」 | 比較的裏付けのある主張。Colliersなども「音声で市場リーダー」と記述 |
| 「BPO全体で世界1位」 | 注 誤り。 総額ではインドが1位、フィリピンは2位圏 |
| 「世界市場シェア10〜18%」 | 注 未確認。 10〜15%、13%、15%、16%、16〜18%と出典で全く違う。分母(「世界アウトソーシング市場」「IT-BPM市場」「外注サービス総額」)の定義が揃っていない |
| Kearney Global Services Location Index の2026年版順位 | 注 未確認。 直近で確認できるのは2023年版(1位インド、2位中国、3位マレーシア、フィリピンは上位15か国内)。2026年版の存在は確認できず |
| 「GCC雇用の世界シェア18%」 | 注 IBPAPの主張。第三者検証は未確認 |
11. 主要企業の動向(2026年)
| 企業 | 本社 | フィリピン従業員(推計) | 2026年の動き |
|---|---|---|---|
| Concentrix | 米国 | 9万〜10万人超(国内最大の民間雇用主の一角) | FY2026 Q2売上24.6億ドル(+1.9%)。通年ガイダンスを99.25〜100.25億ドルに下方修正。理由は「想定より速いオフショア化(約3%の逆風)」と顧客の予算配分変更。再編費用1.75億ドル。一方でAI製品iXのARR 1億ドル超を目標 |
| Accenture | アイルランド | 注5万〜7.5万人(出典により大きく異なる。公式の国別開示なし) | 世界全体で2四半期に約2.18万人減。生成AI研修55万人超、再教育不能な職務は退出させる方針 |
| Teleperformance(TP) | フランス | 5万人超(推計) | 2026年上期売上48.8億ユーロ、LFLで−1.7%。Trust & Safety事業が大幅減、AI関連・バックオフィスは成長。効率化目標を年1.7億ユーロに拡大。現地法人 Telephilippines がPEZAでコールセンター拡張の承認を取得(2026年7月) |
| TaskUs | 米国テキサス | 2.5万人超(推計) | 2025年5月、共同創業者+Blackstoneによる非公開化を発表(1株16.50ドル、総額16.2億ドル)。フィリピン11番目の拠点をラスピニャス市に開設、1,500人採用予定。四半期ごとのAI認定プログラムを運用 |
| Alorica | 米国カリフォルニア(アーバイン) | 2万人超(推計) | メトロマニラ複数拠点 |
注 上記のフィリピン国内従業員数は、いずれも第三者集計・業界誌の推計である。 ConcentrixとAccentureを含め、各社は国別従業員数を公式には開示していない。資料では「推計」と明記すること。
注目点:Concentrixが「オフショア化の加速」をガイダンス下方修正の理由に挙げたこと。これは「フィリピンへの移管が進むほど、単価が下がって業者の売上は減る」という構造を示している。フィリピンにとっては雇用は増えても、業界全体の収入は伸びにくいという二面性がある。
12. 対外リスク ── 米国の政策
| 法案 | 内容 | 状況(2026年8月時点) |
|---|---|---|
| HIRE Act(S. 2976) | Bernie Moreno上院議員(共和・オハイオ)が2025年9月5日提出。米国の消費者向けに提供される海外労働・サービスへの支払いに 25%の物品税、かつ損金算入を否認 | 注 上院財政委員会に付託されたまま。共同提案者なし、2025年9月17日の全会一致処理は民主党が阻止。成立の見通しは立っていない |
| Keep Call Centers in America Act of 2025 | Gallego(民主・アリゾナ)+Justice(共和・西バージニア)が2025年7月提出 | 審議中 |
注 これらは「提出された法案」であり、法律ではない。 「米国が25%課税を決定」と書くのは誤り。ただし BSPは米国のリショアリング(国内回帰)政策をBPO収入見通しの下振れ要因として明示的に挙げている(2025年)。インドが主要標的だが、フィリピン・アイルランド・イスラエルも影響を受けると指摘されている。
13. AI政策・制度の現在地
- DTI:National AI Strategy Roadmap(NAISR)2.0 を2024年7月にソフトローンチ、CAIR(AI研究センター)を設置。
- DOST:2026年2月26日、国家AI研究イノベーションセンターを稼働。DOSTが研究、DICTがインフラ、CHED・DepEdが人材、DTIが事業化を担う体制。
- PEZA+TESDA+StackTrek:2026年1月、セブ州マンダウエ市に 政府主導初のAI Tech Academy を開設。PEZA登録企業の従業員にAI・データサイエンス・フィンテック講座を無料提供。
- 立法:AI Development Act(HB 7396)とAI Bill of Rights(HB 7913)を統合した「Philippine AI Act」を審議中。注 2026年8月時点で、包括的なAI規制法はまだ成立していない。
14. まとめ ── 2026年のフィリピンIT-BPMをどう捉えるか
1. 短期は堅調。2026年 423億ドル/196万人 の目標は維持されている。
2. しかし2028年の目標は 589億ドル → 433〜505億ドル に下方修正された。
雇用目標も 250万人 → 185万〜214万人。指標自体が「AI対応人材200万人」に変わった。
3. 収入の8割超は依然コンタクトセンター系。収入の約7割が音声依存。
ここがAIの直撃点である。
4. 活路はGCC(自社内製拠点)。ただし数は170〜200社で、インド(2,117社)とは桁が違う。
5. 最大のボトルネックは人材の「質」。卒業生の就業可能率10〜15%(IBPAP、逸話的推計)、
政府AI研修は年6.8万人分しかない。
6. 制度は追い風。AO 45(首都圏PEZA枠再開)、FIRB決議005-2026(WFH最大90%)、
CREATE MORE(法人税20%、電力費100%控除)。
7. 統計は必ず出所を確認。IBPAP(400億ドル超)とBSP(335億ドル)は
60億ドル以上ずれる。「世界◯位」は指標名が言えなければ書かない。
資料作成時のチェックリスト
| 書きがちな表現 | 正しい扱い |
|---|---|
| 「BPO世界1位」 | 注 音声サービスでは有力。総額ではインドが1位 |
| 「世界シェア◯%」 | 注 分母未確認。書かない、または「推計10〜18%と幅がある」と書く |
| 「英語力アジア1位」 | 注 マレーシアが1位。フィリピンは非英語圏アジア2位(EF EPI 2025) |
| 「2028年に590億ドル」 | 注 2026年7月に433〜505億ドルへ下方修正済み。古い数字 |
| 「BPOは9割在宅可」 | 注 法定上限は50%。90%はFIRB決議による一時的措置の上限 |
| 「AIで◯%の職が消える」 | 注 36%(IMF、経済全体)/50%(DTI、BPO)/約100万人(Capital Economics、2030年まで)と推計に幅。出典必須 |
| 各社のフィリピン従業員数 | 注 全社が非開示。第三者推計であることを明記 |