水産業
フィリピンの水産業は「マグロ」「海藻」「養殖」の三本柱で成り立っている。 しかし総生産量は3年連続で減少しており、漁民は最貧層のひとつである。 2026年、最高裁が漁船監視義務を違憲としたことで、EU市場との関係が再び焦点になった。
1. 全体像 ── 数字で押さえる
| 指標 | 数値 | 出所・年 |
|---|---|---|
| 総漁業生産量(2025年・速報) | 395万6,913トン | PSA |
| 2024年 | 405万8,693トン(2023年比 −4.7%) | PSA |
| 2023年 | 426万0,994トン | PSA |
| (増減の整理) | 2025年は2024年比 −2.5%、2023年比 −7.1% | 2026-08-25 相互照合で算定し直し。初稿は「2024年=前年比−2.5%」「2025年は2023年比−4.7%」と増減率の行が1段ずれていた |
| 2026年第2四半期 | 103万トン(前年同期比 +2.0%) | BFAR/PSA |
| 漁民の貧困率(2023年) | 27.4%(全14基本セクター中2位) | PSA(2025年3月公表) |
| 一人当たり水産物消費 | 23.7kg(2024年・供給ベース)/FAO推計26.6kg(2022年)/DOST家計調査14.3kg(2018年) | USDA FAS ほか |
注 消費量の数字は出所で倍近く違う。 供給ベース(USDA・FAO)はロスや飼料用を含み、家計調査(DOST)は実際の摂取に近い。 「フィリピン人は魚をたくさん食べる」は正しいが、根拠にする数字は選ぶこと。
4つの生産部門
養殖(aquaculture) ── 最大。海藻・バングス・ティラピア
自治体漁業(municipal) ── 沿岸15km内。小規模漁民。長期減少
商業漁業(commercial) ── 3総トン超の漁船
内水面(inland municipal) ── 湖沼・河川
2026年Q2は養殖が46万0,930トン(シェア44.9%)で前年比 −4.7%、逆に商業・沿岸漁業が伸びるという例年と逆の動きが出ている(BFAR)。
2. ゼネラルサントス市 ── マグロの首都(Tuna Capital of the Philippines)
南コタバト州に隣接する南ミンダナオの都市。通称「ジェンサン(GenSan)」。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 缶詰工場 | 国内8つの大手ツナ缶詰工場のうち6つが集中(残りはサンボアンガ市) |
| 6社 | アライアンス・セレクト(Alliance Select Food International)、セレベス(Celebes Canning)、ジェネラル・ツナ(General Tuna=GenTuna)、オーシャン(Ocean Canning)、フィルベスト(Philbest Canning)、シートレード(Seatrade Development) |
| 合計処理能力 | 1日あたり約700トン、工場労働者 約7,500人 |
| 輸出シェア | フィリピンのマグロ輸出の約9割を扱う |
| 雇用 | サランガニ湾(Sarangani Bay)周辺で20万人超(労働センターSentroなどの推計) |
| 冷凍加工 | 国内15社超の冷凍マグロ加工業者の約8割がジェンサンに立地(約3,000人) |
| 漁港 | ゼネラルサントス漁港(General Santos Fish Port Complex/PFDA運営) |
- ジェネラル・ツナ社(GenTuna)はセンチュリー・パシフィック・フード(Century Pacific Food)の完全子会社で、フィリピン最大のOEMツナ輸出企業。バランガイ・タンブレル(Tambler)に工場を持つ。
- フィルベスト、セレベスはRDグループ(RD Corporation)系。同グループはパプアニューギニアにもRD Tuna Cannersを持つ。
- 漁港には2万を超える事業許可保有者が関わり、1万2,000〜1万3,000人が働く(PFDA、2025年)。
- 2025年7月、マルコス大統領が漁港を視察し、漁民との対話を行った。
注 「20万人雇用」は政府統計ではなく労働団体系の推計。 下院の法案説明文では「約12万人」という数字も使われている。桁ではなく幅で理解すること。
手釣り(handline)漁業という特徴
ジェンサンのマグロは巻き網(purse seine)だけでなく、小型アウトリガー船による手釣り(ハンドライン)漁が大きな比重を占める。刺身グレードの大型キハダを1尾ずつ釣り上げる方式で、日本・米国向けの生鮮・冷凍サシミ市場に直結している。缶詰=カツオ中心、刺身=キハダ中心という二層構造になっている。
3. マグロの生産と輸出 ── 2023→2024の急伸
| 指標 | 2023年 | 2024年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| マグロ生産量 | 409,797トン | 494,047トン | +20.56% |
| マグロ輸出額 | 3億9,181万ドル | 5億1,447万ドル | +31% |
(PSA/BFAR/PFDA。下院法案の説明資料に引用された数字)
WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)ベースの漁獲
2024年の中西部太平洋(WCPO)管理対象マグロ漁獲量は20万1,000トン超(BFAR初期推計)。
| 魚種 | 2024年漁獲量 |
|---|---|
| カツオ(skipjack) | 115,355トン |
| キハダ(yellowfin) | 79,865トン |
| メバチ(bigeye) | 4,981トン |
| ビンナガ(albacore) | 833トン |
WCPO全体の約7%、過去10年で世界6位。2025年12月、フィリピンがWCPFC第22回年次会合をホストした。
フィリピンはアジアでタイに次ぐ第2位のツナ缶詰加工国。 EU向けキハダの最大の供給国でもある(主にドイツ・英国向け)。
輸出市場と関税
| 市場 | 状況 |
|---|---|
| EU | 2014年12月25日からGSP+受益国。ツナ缶が無関税で入る。2024年の対EUツナ缶輸出は2億8,430万ドル |
| EU(GSP+がない場合) | ツナ缶のMFN税率は24%。他の加工水産物16.3%、生鮮魚10.4% |
| 米国 | 2025年に19%の相互関税が課されたが、冷凍マグロフィレなど10億ドル超の農水産品が除外対象に |
注 GSP+は人権・労働・環境・ガバナンスの国際条約履行が条件。 EU議会側からGSP+の一時停止を求める声が繰り返し出ており、「ツナ缶の無関税」は政治リスクを常に抱えている。
全国ツナ会議(National Tuna Congress)
主催:ソクサージェン漁業関連産業連盟(SOCSKSARGEN Federation of Fishing and Allied Industries, Inc.=SFFAII)。7団体・100社超の傘下組織。
| 回 | 開催 | テーマ・論点 |
|---|---|---|
| 第25回(2025年) | 2025年9月2〜4日、SMシティ・ゼネラルサントス | 銀婚(25周年)。「Renewing Commitments and Intensifying Strategic Partnerships」。参加者1,200人超 |
| 内容 | IUU漁業、市場アクセス、労働のアカウンタビリティ、インド洋マグロの資源評価、「ALL About Handline Summit」 | |
| 発言 | 農業長官ティウ・ラウレル(Francisco Tiu Laurel Jr.)が科学に基づく資源管理・取締り強化・トレーサビリティを要求 |
毎年9月上旬、ゼネラルサントス市の「ツナ・フェスティバル(Tuna Festival)」の週に合わせて開催されるのが慣例。(2026年の第26回の詳細は未確認)
4. 海藻(seaweed)── 生産量トップの「水産物」
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 漁業生産に占める割合(2023年) | 33.8%(BFAR) |
| 同(2025年) | 34.8% ── シェアは上がったが量は減った |
| 生産量 2024年 | 1,455,218トン |
| 生産量 2025年(速報) | 1,375,474トン(−5.5%) |
| 2026年Q2 | 前年同期比 −3.3% |
| 生計を支える人数 | 100万人超(BFAR)。うち個別農家は約40万人(業界ロードマップ) |
| 栽培面積 | 浅海 6万ha超。未利用の適地が8万5,000ha残る(農業省) |
| 過去最高 | 2011年の1,840,832トン。以降、病害虫で低迷 |
何を作っているか
- 主力種は Kappaphycus alvarezii(現地名「グソ guso」「タンバラン tambalang」)とEucheuma denticulatum。
- 用途はカラギーナン(carrageenan)。食品・化粧品・医薬品の増粘・ゲル化剤。輸出の約9割超がカラギーナン関連。
- 主産地はバンサモロ自治地域(BARMM)、ミマロパ、サンボアンガ半島。
順位を落とした
1990年ごろ フィリピンが世界需要の約8割を供給
2007〜08年 インドネシアに抜かれる(現在インドネシアは約5倍の生産)
現在 Kappaphycus・半精製カラギーナンで世界3位(インドネシア、中国に次ぐ)
世界の海藻生産シェアは約4.2%で第4位(2026年、農業省)
不振の原因:氷氷病(ice-ice disease)などの病害、種苗(propagule)不足、海水温上昇(業界団体SIAPは適温を26℃未満とし、超過で最大5割減の地域もあると指摘)、物流・電力の弱さ。
2026年 ── 国内初の海藻バイオリアクター
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 稼働 | 2026年7月20日、農業長官が視察・始動(マニラ・タイムズなどが8月2日に続報) |
| 場所 | ソルソゴン市バランガイ・カビダン、BFAR国立海藻技術開発センター(BFAR-NSTDC) |
| 設備 | 自動制御式1,250リットル型(1,000万ペソ)+モジュール型(1,200万ペソ) |
| 機能 | 光・栄養・水温を精密制御し、病害のない種苗を通年生産。従来はボトルと手動通気の旧式手法 |
| 配布 | 無償配布。第1陣はサンボアンガ、パラワン、BARMM。次いでセブ、イロイロ、カマリネス・スル/ノルテ、マスバテ |
| 目標 | Kappaphycus生産で世界一の座を取り戻す |
| 今後 | パラワンとミンダナオへの増設を検討中 |
あわせて「フィリピン海藻産業ロードマップ2027–2031」が動いており、BFARは全国で培養ラボ12か所・種苗場(nursery)68か所を運用している。
5. 養殖 ── バングス、ティラピア、エビ
| 品目 | 2024年 | 2025年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| ミルクフィッシュ(バングス bangus/Chanos chanos) | 361,552トン | 402,860トン | +11.4% |
| ティラピア | 309,204トン | 319,336トン | +3.3% |
バングスは国民魚(national fish)で、2023年時点で漁業生産額の13.9%(459億ペソ)を占めた最大品目。2026年Q2は前年同期比 −7.1%と反落、一方ティラピアは +13.1% と伸びた。
バングス産業の構造的な弱点
稚魚(fry)不足 ── 必要量27億尾に対し、12億尾(54%)が不足
インドネシア産稚魚は 0.13ペソ/尾、国産は 0.30ペソ/尾
生存率もインドネシア30〜80%に対し国内は約50%
飼料費が経営費の76%(ダバオ地域の調査)
養魚池・海面養殖公園(mariculture park)の多くが未活用
主産地:パンガシナン、ブラカン、イロイロ、カピス、パンパンガ、リサール、バタンガス、ケソン、ネグロス・オクシデンタル、ダバオ・デル・スル。
エビ ── 一度崩れた産業
- 1992年に12万トンでピーク(主にブラックタイガー=現地名「スグポ sugpo」/Penaeus monodon)。その後20年、モノドン+バナメイ合計でも6万トン未満が続いた。
- 2020年の総生産7万0,475トン(ブラックタイガー 42,453トン、バナメイ 20,633トン)。
- 崩壊の主因は白点病(WSSV)。近年はタウラ症候群ウイルス(TSV)がブラカン、バタンガス、ボホール、セブのバナメイ養殖で検出されており、輸入稚エビ・親エビ経由の越境感染が懸念されている。
- 良質な国産種苗・親エビが乏しく、バナメイの親エビは高価。
6. 漁業法制 ── RA 8550 と RA 10654、そして2つの最高裁判断
| 法令 | 内容 |
|---|---|
| 共和国法8550号(RA 8550) | 1998年フィリピン漁業法典(Philippine Fisheries Code of 1998) |
| 共和国法10654号(RA 10654) | 2015年2月27日に大統領署名なしで法律化(lapsed into law)。IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)の防止・抑止・排除のためRA 8550を改正。全24条 |
条番号の扱い(2026-08-26 改正確認)。 RA 10654 は独立法ではなく RA 8550 の改正法である。したがって条文を引くときは「RA 10654 第◯条」ではなく改正先の RA 8550 の条番号で引く。
RA 10654 の条 改正・差替えの対象 第1条 RA 8550 第2条(政策宣言)を改正 ── "Section 2 of Republic Act No. 8550... is hereby amended, as follows:" 第2条 RA 8550 第3条(定義)を改正 第3条 RA 8550 第4条を改正 第4〜6条 RA 8550 第6条/第7条/第8条を改正 第7条 RA 8550 第14条を改正 第8〜11条 RA 8550 第30条/第31条/第32条/第33条を改正 第12条 RA 8550 第38条を改正 第13条 RA 8550 第42条を削除し新第42条に差替え 第14条 RA 8550 第44条を改正 第15・16条 RA 8550 第62条/第65条を改正 第17条 RA 8550 第VI章(違反と罰則)を丸ごと廃止し、新第VI章に差し替える ── "Chapter VI of Republic Act No. 8550 is hereby repealed and replaced with a new Chapter VI to read as follows:"。したがって罰則は RA 8550 §86(無許可操業)・§87(無許可漁業活動)・§88(遠洋漁業の事前許可)以下で引く 第18条 第VI章の後に新第VII章(Administrative Adjudication=行政裁定)を挿入 第19条 旧 RA 8550 §108 を §141 に繰り下げ、その後に新 §142 を挿入 第20条 旧 RA 8550 §109〜§133 を §143〜§167 に一括繰り下げ 第21〜24条 IRR(施行後6か月以内)/分離条項/廃止条項/施行(公告15日後) (2026-08-26 の再確認で第2〜16条・第18〜24条の対応を追加。前版は第1条と第17条しか書いておらず、とくに第19・20条の「条番号の繰り下げ」が抜けていた。) 注最大の落とし穴=条番号の繰り下げ。 LawPhil の RA 8550 頁は1998年の制定時原文なので、そこで「§109」「§120」等を引くと、現行法では §143・§154 に当たる条を旧番号で引くことになる。1998年原文の §109 以降を引用するときは必ず「RA 10654 §20 により §143 以降に繰り下げ」と確認すること。
出典:lawphil.net 収録 RA 10654 原文 §1〜§24 全件照合(末尾="Lapsed into law on FEB 27 2015 Without the signature of the President, In accordance with Article VI, Section 27 (1) of the Constitution.")。 注 RA 10654 自体を改正した共和国法は 2026年8月26日時点で確認できない(LawPhil の2023〜2026年 RA 一覧に該当なし。ECOLEX の RA 8550 レコードも改正法として RA 10654 のみを掲げる。注2015〜2022年分の年次一覧は未通覧であり、「改正なし」の根拠としてはなお弱い)。また条文の効力は下記の司法判断で削られている。
RA 10654が入れたもの
IUU漁業を明確な違法行為として規定
罰金を100万〜4,500万ペソへ大幅引き上げ(商業漁業)
漁船監視システム(VMS/VMM)の導入
トレーサビリティと漁獲証明(catch certification)制度
市民訴訟(citizen suit)、取締官への嫌がらせ訴訟の禁止
下級裁判所による差止命令の発出を制限
生態系準拠型管理(EAFM)と予防原則の導入
注 2つの最高裁判断が制度の土台を揺らしている
(1) メルシダー事件(Mercidar Fishing Corporation)── 沿岸15kmの開放
| 時点 | 出来事 |
|---|---|
| 2023年10月 | メルシダー社が「沿岸15km(municipal waters)を小規模漁民に留保する規定」を提訴 |
| 2023年12月11日 | マラボン地方裁判所が同社勝訴の判決。RA 8550(10654改正)の複数条項を違憲と判断 |
| 2024年8月19日 | 最高裁第一部が BFAR/農業省の申立てを却下(期限内に控訴がなく確定していた、という手続的理由が大きい) |
| その後 | BFAR・農業省が再審理申立て(MR)。漁民団体、沿岸自治体、Oceana らが訴訟参加を申請。2026年8月時点で最終決着は未確認 |
焦点:15km以内で商業漁船が操業できるか、自治体(LGU)に沿岸水域の管理権があるか。裁判所は管轄は国にあるという立場を取った。注 ツナ産業側も「国際的な持続可能性認証を失うのでは」と懸念している。
(2) FAO 266事件 ── 漁船監視の違憲判断(2026年)
| 時点 | 出来事 |
|---|---|
| 2020年10月 | 漁業行政命令266号(FAO 266)施行。フィリピン籍の全商業漁船に位置の常時発信と電子漁獲報告を義務づけ |
| 2020年12月 | 商業漁業3社が提訴 |
| 2021年6月1日 | マラボン地裁が違憲判断。BFAR・NTCが控訴 |
| 2022年2月 | BFARが実施を停止(対象2,997隻のうち1,566隻=52%に発信機配布済みだった) |
| 2026年1月21日 | 最高裁がFAO 266を違憲と判断(公表は8月3日) |
| 理由 | 不合理な捜索からの保護に反する/漁場という営業秘密を露出させる/商業船だけを対象とするのは不公平/法的根拠が不十分 |
| 2026年8月14日 | BFARおよび自治体漁民(Pablo Rosales、Ronaldo Reyes ら)が再審理を申立て |
FAO 266はもともとEUのイエローカードへの回答として作られた制度である。 これが無効化されたことで、EU向け輸出の前提が揺らぐという指摘が出ている。
7. EUのIUU漁業「イエローカード」── 経緯
| 時点 | 出来事 |
|---|---|
| 2014年6月10日 | 欧州委員会がフィリピンに「イエローカード」(非協力国候補としての正式警告)を出す |
| 意味 | 次段階の「レッドカード」=EU市場からの水産物締め出しの一歩手前 |
| 2014年12月 | 議会がRA 8550改正案を可決 |
| 2015年2月27日 | RA 10654が成立(署名なしで法律化=lapsed into law) |
| 2015年4月21日 | EUがイエローカードを解除。カルメヌ・ヴェッラ(Karmenu Vella)環境・海事・漁業担当欧州委員が「フィリピンは責任ある行動を取り、法制度を改め、違法漁業に対して能動的な姿勢に転じた」と評価 |
| 解除の根拠 | RA 10654のほか、トレーサビリティと漁獲証明の改善、パプアニューギニアとの検査・管理協力、遠洋船団の活動カバー |
2018〜2021年、フィリピンのEU向け水産物輸出は年平均120〜130億ペソ規模。
注 「イエローカードは解除済み」で終わりではない。 VMM(漁船監視)の停止、沿岸15kmの開放、取締り体制の弱さが再評価の材料になりうる、という警告が国内外から出ている。
8. 乱獲と気候変動 ── Oceana報告(2026年2月)
環境NGO Oceana Philippinesがフィリピン大学ヴィサヤス校の研究者に委託した報告書 『The Philippine Fisheries Assessment: A Glimpse of RA 10654's 10-Year Implementation』(2026年2月、UPディリマンで発表)。
| 指摘 | 数値 |
|---|---|
| 漁獲漁業(capture fisheries)の生産 | 2010年 260万トン → 2023年 約190万トン(−26.9%) |
| 年間の減少幅 | 年 45,472トン(=4,500万kg)ずつ失われている |
| 2010年以降の累計損失 | 591,136トン |
| 資源状態 | 政府自身の全国資源評価(2017年)で、166系群のうち88.6%が乱獲・枯渇状態 |
| 沿岸への商業船侵入 | Oceanaの衛星監視「カラガタン・パトロール(Karagatan Patrol)」が2017〜2024年に270,165件の夜間集魚灯を検出 |
| 自治体水域でのIUU漁獲 | 2022年・2023年ともに 年間約107,176トン(自治体の自己申告ベース) |
| 貧困 | 353,190漁家が貧困線以下、93,030漁家が「食料貧困」 |
| 若手の離脱 | 月収2,500〜7,000ペソの低さで若年層が離職 |
総生産量(約400万トン)が横ばいに見えるのは養殖が漁獲減を覆い隠しているためである。 「フィリピンの魚は減っていない」と読むのは誤り。
気候・環境の圧力
- 2023年以降、記録的な海水温上昇で史上最悪の世界的サンゴ白化が継続中(NOAA Coral Reef Watch。世界の礁の8割超が影響)。フィリピンも例外ではない。
- マングローブは1920年の約45万haから、2019年の衛星観測で約22万7,808haへ(政府・森林管理局の推計は31万1,400ha)。 注 (2026-08-25 相互照合)「20世紀初頭に約45万ha」という起点の数字は、分野資料「林業と森林」7-1が「一次資料で確認できなかった=未確認」と判定している。確定値として書かず、必ず出所を特定すること。 同資料が一次資料で確認できたのは マニラ湾のマングローブが1900年代初頭74,000ha超 → 2015年に1,350ha(約98%減)(Mongabay 2025年10月8日)で、主因は養殖池への転換である。水産業側から見ても、マングローブ喪失の主犯の一つは養殖池造成であるという点は押さえておくこと。
- 海草藻場は過去50年で30〜50%喪失、サンゴ礁も10年で3分の1超を失ったとの研究がある。
- 台風の激化と海面上昇が、船・漁具・養殖生簀・養魚池の堤を直接壊す。
禁漁期(closed fishing season)
| 海域 | 期間(直近) | 対象 |
|---|---|---|
| ヴィサヤ海(Visayan Sea) | 2025年11月15日〜2026年2月15日(FAO 167-3) | イワシ、ニシン、サバ。カピス、イロイロ、ネグロス・オクシデンタル、セブ沖 |
| サンボアンガ半島/東スールー海・バシラン海峡・シブゲイ湾 | 2025年11月15日〜2026年2月15日 | イワシ。禁漁区は13,987km² |
| ダバオ湾 | 毎年実施(2025-26年の日程は未確認) | 小型浮魚 |
| 北東パラワン | 3か月間の禁漁が慣例 | ムロアジ(galunggong) |
イワシは総漁獲の約15%を占め、最も入手しやすい動物性たんぱく質のひとつ。注 サンボアンガ半島では禁漁が小規模漁民の漁獲を増やした一方、ヴィサヤ海では漁獲が減り続けており、効果は一様でない。
禁漁期と輸入はセットで動く
禁漁期の供給不足を埋めるため、農業省が「輸入必要証明(CNI)」を出して小型浮魚(ムロアジ、メアジ、サバ、ハガツオ、マンダイなど)を輸入する。
- 2025年:省令MO 47-2025で、10〜12月に限り冷凍小型浮魚5万トンの輸入を許可。
- 2024年:3万トンを許可(10月1日〜12月31日の禁漁期対応)。
- カツオはフィリピンの水産物輸入量の31%を占める最大品目(USDA、2025年)。缶詰原料である。
注 漁民団体パマラカヤ(Pamalakaya)は「不足は禁漁期そのものが原因。輸入ではなく禁漁を見直せ」と反発しており、輸入は毎年政治問題になる。
9. 南シナ海(西フィリピン海)と漁場
| 時点 | 出来事 |
|---|---|
| 2012年4月8日 | スカボロー礁(Scarborough Shoal/比名 Panatag、Bajo de Masinloc)で中国と対峙。以後、中国の実効支配下 |
| 2016年7月12日 | 常設仲裁裁判所の裁定:同礁は比・中・越の漁民が共有する伝統的漁場であり、中国が2012年5月以降フィリピン漁民の伝統的漁業権行使を違法に妨げたと認定 |
| 2025年9月 | 中国国務院が同礁に「国家級自然保護区」(3,523ha)を設置すると発表。北側を核心区・実験区などに区分 |
| 2026年6月 | フィリピンが同礁で確認された浮体構造物に抗議 |
| 2026年8月 | 米国が「中国は疑わしい口実で保護区を執行し、フィリピン漁民を締め出している」と批判(ブルームバーグ等) |
- 中国船が「環境保護区」を名目に無線でフィリピン船に退去を要求するようになった。
- ザンバレス州マシンロック(Masinloc)の漁民は、放水銃や錨綱の切断を受けたと証言し、危険すぎて礁に行かなくなり、岸近くで操業している。
- 政府は洋上で燃料・氷を届け、漁獲をその場で買い取る支援策を導入し、漁民が帰港せずに操業を続けられるようにしている。
- 安全保障の専門家は、この保護区設定を「lawfare(法律戦)」=国内法で国際法に反する海洋権益を正当化する試みと評している。
漁場問題は「安全保障」であると同時に「食料」と「雇用」の問題である。 ルソン西岸の漁民にとって、スカボロー礁を失うことは生計の直接的な喪失を意味する。
10. 政策・支援の現状(2025〜2026年)
| 施策 | 内容 |
|---|---|
| 燃料補助(Fuel Assistance Program) | 2022年開始。1人あたり一時金3,000ペソ。FishR/RSBSA登録が要件。2026年6月時点で9万6,000人超に支給(年間目標の65.71%) |
| 注 2026年の財源 | 2026年一般歳出法(GAA)に燃料補助の予算費目がない。 1億5,000万ペソは2025年の未執行分の繰越で、農家・漁民に7,500万ペソずつ。受給できるのは4万〜4万5,000人にとどまる見込み |
| PAFFP | 農家・漁民向け大統領補助。410万人に初回約2,350ペソ、農業省2026年予算の100億ペソ枠 |
| 国家マグロ管理計画 | BFARが2025〜2030年版を策定。カツオ、キハダ、メバチ、太平洋クロマグロ、北太平洋ビンナガの資源状態と、漁獲能力・漁獲上限を規定 |
| 海藻 | フィリピン海藻産業ロードマップ2027–2031、培養ラボ12か所・種苗場68か所 |
| 注 ブルーエコノミー法案(Blue Economy Act) | 第19議会で上下両院を通過したが、一本化(ratification)に至らず廃案。2025年、レガルダ(Loren Legarda)、オントベロス(Risa Hontiveros)両上院議員が第20議会に再提出。2026年8月時点で成立は未確認 |
| その他 | 漁船配布(FB Pagbabago)、地域水揚げ拠点(Community Fish Landing Center)の整備 |
11. 注 知らないと間違えやすい点
「海藻はマイナー」ではない ── 漁業生産量の3分の1を占める最大品目
「バングスは野生魚」ではない ── ほぼ100%が養殖。しかも稚魚は輸入依存
「マグロ=刺身」だけではない ── 輸出額の主力はEU向けツナ缶
「EUのイエローカードは過去の話」ではない ── 2026年の最高裁判断で再燃しうる
「総生産は横ばい」ではない ── 養殖が漁獲減を覆い隠しているだけ
「南シナ海は外交問題」だけではない ── 漁民の日々の収入の問題
缶詰工場はジェンサンに6、サンボアンガに2 ── 「全部ジェンサン」ではない