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フィリピン不動産の購入と投資の実務

情報基準日:2026-08-26 / 分野:インフラ・交通・不動産

外国人がフィリピンで不動産に関わるときの法律・手続き・税金・市場実態を、一次資料(法令原文・最高裁判決・政府統計)を軸にまとめた資料である。2025〜2026年に起きた最大の変化は、土地の長期リース上限が50年+25年から99年に変わった(RA 12252)ことである。一方で、土地そのものの外国人所有禁止は2026年8月時点でも一切変わっていない


1. 大原則 — 外国人は「土地」を所有できない

1-1. 憲法上の禁止

フィリピンでは、外国人(および外国資本が40%を超える法人)は私有地・公有地を問わず土地を取得できない。根拠は1987年憲法第12条(National Economy and Patrimony)である。例外は相続(hereditary succession)のみ。

最高裁もこの原則を繰り返し確認している。 Matthews v. Taylor(G.R. No. 164584、2009年6月22日、フィリピン最高裁)は、「aliens are absolutely not allowed to acquire public or private lands in the Philippines(外国人はフィリピンの公有地・私有地を取得することが絶対に認められない)」と述べた(出典:Lawphil 掲載の判決原文)。

ここで多くの日本語情報が誤る点:「コンドミニアムは買えるから、土地も工夫すれば買える」ではない。憲法上の禁止は絶対で、契約や信託で回避すると後述のとおり刑事罰と没収の対象になる。

1-2. 建物と土地は別 — 「建物だけ所有」は可能

フィリピンでは土地と建物(improvement)が別個の財産として扱われるため、外国人が建物だけを所有する構成は理論上可能である。ただし土地の使用権(リース)と切り離せず、リース満了時の建物の帰趨、相続、抵当設定などで実務上の難点が多い。

1-3. フィリピン人配偶者の名義にした場合

最も相談が多く、最も誤解が多い論点。

判例 G.R. 番号・日付 判示
Matthews v. Taylor G.R. No. 164584(2009年6月22日) 英国人夫が全額出資しフィリピン人妻名義で取得したボラカイの土地。妻の単独所有とされ、夫は妻が第三者と結んだ25年リースを無効にできないと判示
Beumer v. Amores G.R. No. 195670(2012年12月3日) オランダ人が拠出した購入資金の返還請求も否定。「Equity as a rule will follow the law and will not permit that to be done indirectly which, because of public policy, cannot be done directly」

つまり、出したお金は法的に取り戻せない。日本人が「妻名義なら実質自分のもの」と考えるのは、フィリピン法の下では成立しない。離婚・死別・関係破綻時にはゼロになりうる。


2. コンドミニアムと「40%ルール」

2-1. 条文はどう書いてあるか

根拠法は共和国法4726号(RA 4726, The Condominium Act, 1966年)。第5条の原文は次の構造になっている(出典:Lawphil 掲載の RA 4726 原文)。

"no condominium unit therein shall be conveyed or transferred to persons other than Filipino citizens, or corporations at least sixty percent of the capital stock of which belong to Filipino citizens, except in cases of hereditary succession."

条文は「フィリピン側が60%以上」と書いてあり、「外国人40%まで」とは書いていない。日本語記事の「40%ルール」は裏返しの通称である。実務上の意味は同じだが、基準は「プロジェクト(コンドミニアム法人)単位の全体」であって、1棟あたり戸数の単純な40%とは限らない点に注意。

さらに第5条は、共用部と敷地をコンドミニアム法人(condominium corporation)が保有する形式の場合について、

"no transfer or conveyance of a unit shall be valid if the concomitant transfer of the appurtenant membership or stockholding in the corporation will cause the alien interest in such corporation to exceed the limits imposed by existing laws."

と定める。 上限を超える譲渡は「無効(not valid)」であり、「違法だが有効」ではない。

2-2. 実務で確認すべきこと

確認項目 誰に聞くか ポイント
当該プロジェクトの外国人枠残(foreign quota)の空き 開発業者・コンドミニアム法人(管理組合) 契約前に書面で残枠を確認する。満枠だと CCT(後述)が発行されない
敷地の保有形態(コンド法人保有か、開発業者保有か) Master Deed / Declaration of Restrictions 保有形態で40%の当てはめ方が変わる
Master Deed(マスターデッド)の登記有無 Registry of Deeds RA 4726 第4条により、譲渡前の登記が必要
転売時の先買権(right of first refusal)の有無 Master Deed RA 4726 第6条は原則自由売却だが、Master Deed で他の区分所有者への先買権を定めうる

2-3. 2025〜2026年に40%は緩和されたか → されていない

今回の調査(2026年8月)では、2025〜2026年にコンドミニアム法(RA 4726)の40%上限を引き上げる法律が成立した事実は確認できなかった。国会に提出された引き上げ法案の具体的な進展を示す報道も確認できていない。「2026年に外国人枠が緩和された」という情報を見たら、まず出典を疑うべきである。


3. 元フィリピン国籍者の例外

元フィリピン国籍者(former natural-born Filipino citizen)は、外国籍のままでも一定面積の土地を取得できる。

根拠法 用途 都市部(urban) 農村部(rural) 区画数
BP 185(1982年) 居住用 1,000 ㎡ 1 ha 最大2区画、異なる市町村に所在すること(第3条)
RA 8179 第10条(1996年) 事業その他の用途 5,000 ㎡ 3 ha 最大2区画、異なる市町村。都市部と農村部の併用不可

(出典:Lawphil 掲載の BP 185 原文、RA 8179 原文)

BP 185 第7条には居住義務がある。「取得から2年以内に当該土地に永住しなければならない(force majeure による場合を除く)」。違反すると国庫への没収+以後の取得資格の永久喪失。日本語の解説でこの条件が抜けていることが多い。

夫婦の場合、いずれか一方のみが利用でき、双方が利用する場合も合計で上限を超えられない。

3-1. 国籍再取得という選択肢

RA 9225(Citizenship Retention and Re-acquisition Act of 2003)で帰化により失った国籍を宣誓により回復すれば、上記の面積制限は消え、フィリピン人として自由に土地を取得できる。18歳未満の未婚の子には派生的に国籍が及ぶ(出典:Lawphil 掲載の RA 9225 原文)。日本国籍との関係(日本の国籍法上の扱い)は別途要確認。


4. 長期リース — 2025年に「99年」へ変わった

4-1. 旧ルール(RA 7652, 1993年)

Investor's Lease Act(RA 7652)は、外国投資家による私有地のリースを「50年、25年を上限に1回更新可(=最長75年)」と定めていた(第4条)。観光プロジェクトは投資額500万米ドル以上に限定(第5条(5))。

4-2. 新ルール(RA 12252, 2025年)

共和国法12252号「AN ACT LIBERALIZING THE LEASE OF PRIVATE LANDS BY FOREIGN INVESTORS」が2025年9月3日に承認され、RA 7652を改正した(出典:Lawphil 掲載の RA 12252 原文。大統領府コミュニケーション室(PCO)および PNA・Inquirer・GMA など各紙は2025年9月5〜6日付で報道)。

項目 旧:RA 7652(1993) 新:RA 12252(2025)
リース期間 50年+更新25年=最長75年 最長99年(合算)
更新 1回に限り25年 当事者の合意による更新(自動更新ではない)。更新には社会的・経済的貢献の実証が必要
対象分野 産業団地、工場、組立工場、農工業、土地開発、観光等 上記に加え農業、アグロフォレストリー、生態系保全等の優先分野
観光案件の最低投資 500万米ドル以上 500万米ドル以上、かつ3年以内に70%を投下
事業開始 3年以内に着手しないとリース終了
罰則 罰金10万〜100万ペソ/懲役6ヶ月〜6年 罰金100万〜1,000万ペソ/懲役6ヶ月〜6年
国家安全上の縮減 重要インフラ等について、FIRB の勧告により大統領が期間を短縮できる

2025年8月以前に書かれた日本語記事は今も「50年+25年」と書いている。新旧が混在しているので必ず日付を確認すること。

施行規則(IRR)は2025年12月に DTI-BOI と LRA(土地登記庁)が署名して公表された(BusinessWorld 2025年12月25日、Inquirer / Philstar / InsiderPH 2025年12月26日)。LRAが関与するのは、リースを権利証に注記(annotation)して第三者対抗力を持たせるためである。

RA 12252 は「投資家向け」であって、個人の別荘・住宅取得を想定した制度ではない。承認・登録された投資案件があることが前提で、用途外使用は ipso facto(当然に)リース終了となる。個人の住宅用リースは民法上の通常のリース(外国人でも締結可能、実務上は25年+25年更新が多い)で処理されるのが一般的。

2026年の具体例として、BCDA が New Clark City の「Pax Silica」案件で投資家に99年リースを認めうると説明し(Philstar、2026年7月24日)、Imee Marcos 上院議員が調査を求める(Manila Bulletin、2026年8月12日)という動きが起きている。制度は動き始めているが、政治的な論争も伴っている。


5. 法人を通じた保有(60/40)とアンチダミー法

5-1. 60/40 法人

資本の60%以上をフィリピン人が保有する国内法人は土地を取得できる。外国人の持分は40%まで。実務では「フィリピン人株主60%+外国人40%」の法人を作って土地を保有させる形が使われる。

5-2. アンチダミー法(Commonwealth Act No. 108)

名義貸し(ダミー)は重罪である。CA 108(1936年、RA 134・RA 6084・PD 715 により改正)の要点(出典:Lawphil 掲載の CA 108 原文):

項目 内容
禁止行為 ①国籍要件を潜脱するための名義貸し ②必要な最低資本がフィリピン人保有であると偽装すること ③資格のない者に事業の使用・支配、および「intervention in the management, operation, administration or control」を許すこと
懲役 5年〜15年
罰金 対象となる権利・フランチャイズの価額以上(最低5,000ペソ)
没収 権利・フランチャイズ・特権・財産・事業の喪失
法人 裁判所命令による解散もありうる
責任者 名義を貸したフィリピン人、利益を得た外国人、法人の社長・支配人・取締役、幇助者
PD 715(1975) 外国人の出資比率に比例した取締役枠は認める(=40%出資なら取締役の40%まで)
RA 6084(1969) 内縁関係(common-law relationship)が違反の一応の証拠(prima facie evidence)となる規定を追加

RA 6084 の規定は日本人にとって極めて実務的な意味を持つ。フィリピン人パートナー名義で不動産を保有している状態は、それ自体が疑いの端緒になりうる

2025〜2026年の執行実態:2026年4月、司法省(DOJ)は元バンバン町長 Alice Guo をアンチダミー法違反で起訴した(GMA Network 2026年4月17日、Daily Tribune 2026年4月18・19日)。休眠法ではなく現に使われている法律である。

ダミー構成の実務的リスクは刑事罰だけではない。前掲 Beumer 判決のとおり、無効な取引について裁判所は救済しない。名義人が裏切っても、外国人側は法廷で勝てない。


6. 憲法改正(Cha-cha)の議論 — 2025〜2026年の状況

2024年には下院で経済条項改正の決議(RBH)が第3読会を通過し、外資規制緩和が政治日程に乗ったが、上院で止まった。 今回の調査では、2025〜2026年に土地の外国人所有を認める憲法改正が実現した事実も、上下両院で実質的に前進した事実も確認できなかった。

2025〜2026年の Cha-cha 報道は、経済条項ではなく弾劾手続の曖昧さの解消という文脈が中心になっている(Inquirer 2025年8月11日、ABS-CBN 2026年1月30日の Sotto 上院議長の発言など)。

代わりに政府が採った手段は、憲法を触らずに法律・行政命令で緩める方向である。

施策 時期 内容
RA 12252 2025年9月 私有地リースを最長99年に
EO 113(第13次 Foreign Investment Negative List) 署名2026年4月13日/報道は2026年4月16日/発効は2026年5月上旬(官報掲載から15日後。法律事務所解説は5月2日とする) 通信・小売などで外資参入を緩和(BusinessMirror、Inquirer、GMA、Manila Bulletin、Rappler いずれも2026年4月16日付)。(2026-08-25 相互照合で署名日・発効日を補記。出典:分野資料「会社設立と起業の実務」3章=LawPhil掲載のEO 113大統領府認証コピー。「4月16日公表」だけを書くと署名日と取り違えられる)

EO 113 の「私有地の所有」に関する記載の原文は今回確認できなかった(未確認)。ただし土地所有の制限は憲法由来であり、行政命令で変更できる性質のものではない。2026年8月時点で外国人の土地所有可否は変わっていないと理解してよい。


7. 購入の流れと権利証

7-1. 標準的なステップ

# ステップ 書類・主体 注意点
1 物件選定・デューデリジェンス Registry of Deeds(登記所)で認証謄本(Certified True Copy)を取得 売主が見せる「オーナーズコピー」だけを信じない
2 予約(Reservation) 予約金(reservation fee)を支払い 予約金は原則返還されないことが多い。返還条件を書面で確認
3 Contract to Sell(CTS) 売買予約契約。分割払いの場合ここが主戦場 所有権はまだ移らない。Maceda法の適用対象(後述)
4 全額支払い
5 Deed of Absolute Sale(DOAS) 公証(notarize)必須 公証されていない売買は第三者に対抗できない
6 BIR での納税 → eCAR(電子課税許可証) Capital Gains Tax・Documentary Stamp Tax を納付 eCAR がないと登記所は名義変更を受け付けない。ここが最大のボトルネック
7 地方自治体で Transfer Tax 納付 市・州の Treasurer's Office
8 Registry of Deeds で登記・新権利証発行 登録料(registration fee)を納付
9 Assessor's Office で Tax Declaration の名義変更 ここを忘れると固定資産税の請求が前所有者に行き続ける

7-2. 権利証の種類

略称 正式名称 対象
TCT Transfer Certificate of Title 土地(および土地付き建物)
CCT Condominium Certificate of Title コンドミニアムの区分所有権
OCT Original Certificate of Title 最初に登記された土地

外国人がコンドミニアムを買う場合、手にするのは CCT である。CCT が自分の名前で出て初めて取引は完了する。

LRA(Land Registration Authority)はオンラインサービスとして eSerbisyoCitizen's Land Registration Portal(CLRP)Anywhere to Anywhere(A2A) を提供しており、遠隔地の登記所の謄本取得等が可能(出典:LRA 公式サイト、2026年8月閲覧)。


8. 税金と諸費用

8-1. 取得・売却時

税・費用 税率 課税標準 慣行上の負担者 出典
Capital Gains Tax(CGT) 6% 売却価格と時価(FMV)の高い方 売主 NIRC 第24条(D)(1)(Lawphil 掲載原文)
Documentary Stamp Tax(DST) 1,000ペソあたり15ペソ=1.5% 対価または価額 買主(慣行) PwC Worldwide Tax Summaries(2026年8月1日レビュー)
DST(リース契約) 最初の2,000ペソにつき6ペソ+以後1,000ペソごとに2ペソ 賃料総額 同上
Local Transfer Tax 実務上0.5〜0.75%(自治体条例による) 売買価格または時価 買主 地方自治法(RA 7160)第135条の条文原文は今回確認できず=未確認。必ず所在自治体の条例で確認すること。さらに RA 12001(RPVARA、2024-06-13)第38条が RA 7160 第135条(a)を「抵触する限りで」改正しているため、LawPhil 掲載の RA 7160 第135条は制定時原文であって現行条文とは限らない(2026-08-26 改正確認。出典:LawPhil ra_12001_2024.html 第38条)
Registration Fee(登録料) LRA の料率表による(売買価格の概ね0.25%前後とされる) 買主 LRA の料率表原文は今回確認できず=未確認
公証料(Notarial fee) 慣行上 売買価格の1〜2%程度 買主 未確認(法定ではなく交渉次第)
仲介手数料 慣行上3〜5%程度 売主 未確認(法定ではない)

CGT は「譲渡益」ではなく「売却総額」の6%である。日本の譲渡所得税と発想が違う。損が出ていても課税される。

ただし CGT が課されるのは capital asset(投資・居住用資産)の場合。開発業者が売る新築のように ordinary asset(棚卸資産)の場合は CGT ではなく源泉徴収税(CWT)+通常の法人・所得税+VAT の体系になる。買う相手が個人か開発業者かで税の建て付けが変わる。

8-2. 主たる住居の非課税特例(自然人のみ)

NIRC 第24条(D)(2):売却代金の全額を18ヶ月以内に新しい主たる住居の取得・建築に充てれば CGT は免除。 売却から30日以内に BIR 長官へ通知が必要で、10年に1回しか使えない(出典:Lawphil 掲載の NIRC 原文)。

8-3. VAT

住宅・コンドミニアムの売却は、価額3,600,000ペソ以下であれば VAT 免税(BIR、2024年1月/GMA Network・Manila Bulletin 2024年1月17日報道)。これを超えると12%の VAT がかかる。開発業者から新築を買う場合の実質負担に直結する。

8-4. 固定資産税(Real Property Tax, RPT)

項目 上限税率 出典
基本 RPT(州) 課税評価額の 1% PwC Worldwide Tax Summaries(2026年8月1日レビュー)
基本 RPT(市・メトロマニラの自治体) 課税評価額の 2% 同上
Special Education Fund(SEF) 追加 1% 同上

課税標準は「時価」ではなく assessed value(時価×assessment level)であり、住宅用の assessment level は低く設定されているため、実額の負担は日本の固定資産税より相当軽いのが通例。

各自治体は前納割引を設けている。例:ケソン市は前年12月31日までの全納で20%割引、1〜3月末の全納で10%割引(City Ordinance No. SP-3179 S-2023、ケソン市公式サイト)。

8-5. RA 12001(不動産評価・課税改革法)— 2025〜2026年の最重要変化

RA 12001(Real Property Valuation and Assessment Reform Act)が2024年6月13日に署名され、評価制度が根本から変わった(出典:Lawphil 掲載の RA 12001 原文)。

変更点 内容
SMV の統一 地方の Schedule of Market Values(SMV)を施行後2年以内に更新、以後3年ごと。フィリピン評価基準(PVS、国際基準準拠)に適合させる
BIR ゾーナルバリューの廃止的統合 従来 BIR が別建てで持っていた zonal value は、承認された SMV に置き換わる。内国税の計算は「SMV または実際の売買対価のいずれか高い方」による
RPT 恩赦 施行前の未納 RPT に係る加算金・延滞金・利息を免除。期間は施行後2年間
激変緩和 SMV 導入初年度の増税は 6% を上限とする

この恩赦はすでに期限切れの可能性が高い。Philstar は2026年7月3日付で「7月3日までに納付を」と報じ、PNA は2026年7月5日付でイロコスノルテの期限を報じている(Cebu市は2026年3月に独自延長:Philstar 2026年3月23日)。2026年8月25日時点では全国一律の恩赦期間は終了しているとみるべきで、「今なら延滞金が免除される」という古い情報に注意。

より重要なのは中長期の影響である。SMV が実勢価格に近づくと、CGT・DST・Transfer Tax・RPT のすべての課税標準が一斉に上がる。2024年以前の「フィリピンは不動産の保有コストが安い」という前提は、SMV 更新後の自治体では通用しなくなる可能性がある。


9. プレセール(pre-selling)のリスク

9-1. 何がリスクか

フィリピンのコンドミニアムは竣工前の分割払い販売(pre-selling)が主流。頭金を24〜60ヶ月に分割し、竣工時に残額を銀行ローンまたは一括で払う。安く買えるがリスクは買主側に偏る。

リスク 内容
竣工遅延・中止 数年単位の遅延は珍しくない。 2026年4月には Ayala Land がマカティの高級タワー案件を一時停止したと報じられた(InsiderPH、2026年4月20日)
開発業者の資金繰り 未販売在庫が積み上がると開発業者のキャッシュフローが悪化する(第10章参照)
仕様・面積の相違 図面と実物の差異
引渡し後の管理費・共益費 竣工後に想定外の水準になることがある
外国人枠の満枠 契約したが CCT が出ないという事態

9-2. Maceda法(RA 6552)— 分割払い買主の最低限の盾

RA 6552(Realty Installment Buyer Protection Act, 1972年)は、分割払いで買った買主を保護する(出典:Lawphil 掲載の RA 6552 原文)。

支払実績 買主の権利
2年以上支払い 1年につき1ヶ月の猶予期間(5年に1回のみ行使可)②解約される場合、 総支払額の50%の現金返戻価値(cash surrender value)。5年を超える部分は1年ごとに5%加算、上限90%
2年未満 支払期日から60日以上の猶予期間
共通 解約には公正証書(notarial act)による解除+30日前の通知が必要。猶予期間中は権利の譲渡・売却、契約の復活が可能(第5条)。前倒し弁済は無利息(第6条)

対象外:工業用地(industrial lots)、商業ビル(commercial buildings)、RA 3844 に基づく小作人への売却。住宅コンドミニアムは対象に含まれる

Maceda法の限界も理解すべきである。2026年8月10日付の Gulf News は、マニラのコンドに608,000ペソを払った OFW の事例を「Maceda法が救えるもの・救えないもの」として報じている。「50%が返る」は2年以上支払った場合の話で、それ未満なら基本的に返らない。また 50%返還は開発業者に支払能力があることが前提である。

開発業者が解約を迫って権利放棄書(quitclaim)に署名させるケースもあり、2024年7月には Filinvest が買主への支払いを命じられた事例が報じられている(Bilyonaryo、2024年7月8日)。


10. 市場の実態 — 2025〜2026年は明確な買い手市場

10-1. 数字で見る需給

指標 数値 時点 出典
メトロマニラ未販売コンド在庫 過去最高 82,900戸 2026年第2四半期 Leechiu Property Consultants(GMA Network、2026年7月7日)
同(別集計) 約81,000戸/621事業(うち約32,400戸は完成済み未販売)、約31か月分の在庫 2026年 Colliers Philippines(→分野資料「建設産業」10章)。2026-08-25 相互照合で追記。Leechiu 82,900戸/Colliers 81,000戸は近いが別集計であり、どちらかが誤りではない
メトロマニラ コンド空室率 2026年に25%近くでピーク、2027年に緩和の見通し 2026年2月時点の予測 Colliers Philippines(Manila Bulletin、2026年2月18日)
在庫消化年数 8.2年 2025年3月 Colliers Philippines
在庫消化年数(別時点) 6年 2025年1月 Colliers Philippines(Inquirer、2025年1月2日)
過剰供給月数/需要 42ヶ月分、需要は6年ぶりの低水準 2025年12月 Bilyonaryo Business(2025年12月14日)
未販売在庫の金額 約1,540億ペソ 2024年12月 InsiderPH(2024年12月2日)
住宅価格指数(RREPI、全国) 前年比 +4.5% 2026年第1四半期 フィリピン中央銀行(BSP)(Inquirer・Philstar 2026年6月29日、Manila Standard 2026年6月28日)
メトロマニラ地価 2〜5%下落見通し 2025年2月 Colliers Philippines

「価格指数は上がっているのに在庫は過去最高」という一見矛盾した状況に注意。BSP の RREPI は全国・全住宅タイプの平均(政府統計=確定値に近い)であり、メトロマニラのコンド単体の実勢を表さない。業界調査会社(Colliers、Leechiu)の在庫・空室データは推計値であり、政府統計とは性格が異なる。両方を並べて見るのが正しい。

10-2. 何が起きたか

供給過剰の主因として繰り返し指摘されているのは、POGO(オフショアゲーミング)事業者の撤退である。PNA は2025年10月6日付で「POGO撤退後の供給増でコンド賃料が下落」と報じ、Philstar は2025年7月11日付で NCR の賃料が第2四半期に急落したと報じている。ベイエリアなど POGO 依存度が高かったエリアの打撃が大きい。

10-3. 賃貸利回りと空室率

今回の調査で、2026年時点のメトロマニラのコンドの具体的なグロス利回り(%)を、信頼できる出所付きで確定することはできなかった=未確認。

確認できたのは方向性のみである: - 2026年8月24日、Colliers Philippines は「賃貸利回りが弱まっており投資家がコンドミニアムを見直している」「一部はメトロマニラ外の土地に向かっている」と述べている(ANC 24/7 経由)。 - BusinessWorld は2025年12月30日付で「メトロマニラの賃貸利回りは2026年も横ばいの見通し」とアナリストの見方を伝えている。

日本語の情報サイトでよく見る「フィリピンのコンド利回りは6〜8%」という数字は、多くが満室・管理費控除前・数年前のデータである。2026年の実勢とは乖離している可能性が高い。必ず ①空室率 ②管理費(association dues)③固定資産税 ④賃貸管理手数料 ⑤所得税 を差し引いたネットで計算すること。

10-4. 2026年は買い手に有利

逆に言えば、中〜高価格帯の投資用コンドは今後も苦戦が続く可能性が高い。「値引きされているから買い時」ではなく「値引きしなければ売れない市場」と読むべきである。


11. SRRV(退職者ビザ)と不動産の関係

SRRV(Special Resident Retiree's Visa)は、フィリピン退職庁(PRA)が入国管理局を通じて発給する特別非移民ビザ。

区分 年齢 預託金(USD)
SRRV Classic(年金受給者) 50歳以上 15,000
SRRV Classic(年金受給者) 40〜49歳 25,000
SRRV Classic(非年金受給者) 50歳以上 30,000
SRRV Classic(非年金受給者) 40〜49歳 50,000
SRRV Courtesy(元フィリピン国籍者) 50歳以上 1,500
SRRV Courtesy(元フィリピン国籍者) 40〜49歳 3,000
SRRV Courtesy(退役外交官・国際機関職員等の外国人) 50歳以上 1,500
SRRV Courtesy(同上) 40〜49歳 3,000(年金受給者)/6,000(非年金)

(出典:PRA 公式サイト SRRVisa ページ、2026年8月閲覧)

重要な注意点:かつて広く紹介された「預託金をコンドミニアムの購入や長期リースに転用(投資)できる」という取り扱いについて、今回参照した PRA 公式ページには記載が確認できなかった=未確認。制度は過去に何度も変更されており(2020年には新規発給が一時停止されたこともある)、 必ず PRA に直接確認すること。BusinessWorld は2025年10月22日付で「Updates on the Philippines' retirement visa program」を掲載しており、2025年にも運用変更があったとみられる。

SRRV を取っても土地は買えない。SRRV は在留資格であり、憲法上の所有制限を免除するものではない。「SRRV があれば土地が持てる」という説明は誤りである。


12. 詐欺・二重売買の手口と防ぎ方

12-1. 典型的な手口

手口 内容 対策
偽造権利証(fake title) 精巧な偽 TCT/CCT を提示。 2021年8月には LRA 職員7名を含む13名が不正 titling で告発された(Philstar、2021年8月28日)ように、内部関与の事例もある 必ず自分(または自分の弁護士)が Registry of Deeds に出向き、認証謄本を取得して照合する。売主から渡されたコピーで判断しない
二重売買(double sale) 同じ土地を複数人に売る。フィリピン法では先に善意で登記した者が原則勝つ 契約後即座に登記手続きへ。手付だけ払って放置しない
相続未処理物件 名義人が既に死亡。相続人全員の同意なしには有効に売れない 死亡証明・遺産分割(Extrajudicial Settlement)・相続税の完納(eCAR)を確認
農地改革(CARP)対象地 転用制限・所有権制限がかかる 土地分類・DAR の証明を確認
ビーチフロント・島 公有地(foreshore)や未分類地であることがある 分類証明を確認
外国人枠の虚偽説明 「枠は空いています」と言われて契約したが実は満枠 コンドミニアム法人から書面で残枠証明を取る
未登記物件(Tax Declaration のみ) 「税務申告書があるから大丈夫」と言われる Tax Declaration は所有権の証明ではない。課税台帳にすぎない
偽代理人 委任状(SPA)が偽造 SPA の公証・在外公館認証、本人との直接確認

12-2. 契約前チェックリスト

  1. Registry of Deeds で認証謄本を取得し、名義・面積・地番・抵当権・仮登記・注記(annotation)を確認
  2. 売主の身分証・婚姻状況(配偶者の同意なしの売却は無効になりうる)を確認
  3. 直近数年分の RPT 領収書(未納があると引き継ぐ)
  4. Tax Declaration と権利証の記載一致
  5. 現地確認(占有者・不法占拠者・境界)
  6. ゾーニング・土地分類
  7. コンドミニアムなら Master Deed / Declaration of Restrictions、管理組合の財務状況、管理費滞納、外国人枠
  8. プレセールなら DHSUD の License to Sell と開発業者の登録、竣工実績、財務
  9. フィリピンで登録された独立の弁護士(開発業者や仲介業者の紹介ではない)を雇う

登記所が誤って登記してしまうことがあっても、憲法上無効な取引が有効になるわけではない。「登記できたから大丈夫」という論理は通用しない。


13. まとめ — 実務上の判断軸

あなたの状況 取りうる最も安全な選択
日本国籍のみ、居住用に1戸ほしい コンドミニアム(CCT)。外国人枠の残りを書面確認
日本国籍のみ、土地付き住宅に住みたい 土地のリース+建物所有。個人用リースは通常25年+更新。RA 12252 の99年は投資案件向け
元フィリピン国籍 BP 185 / RA 8179 第10条の枠、または RA 9225 で国籍再取得(制限が消える)
フィリピン人配偶者がいる 配偶者名義の土地に法的権利は生じない。資金を出しても返ってこない(Beumer 判決)
事業として土地を使いたい 60/40 法人または RA 12252 の長期リース。 アンチダミー法に触れない実質的なフィリピン人参加が必須
「賃貸利回り狙い」で投資したい 2026年は在庫過去最高・空室率25%近くのピーク見通し。利回り前提を必ず自分で検証

最後にもうひとつ。「フィリピンは不動産投資の世界第◯位」といった順位主張は、今回の調査では裏が取れなかった=未確認。何の指標(利回り?価格上昇率?取引額?)による順位なのかが明示されていない主張は、営業目的の可能性が高い。数字は必ず「誰が」「いつ」「何を測って」出したものかを確認すること。


主な出典

本資料は情報提供を目的とし、法律・税務・投資の助言ではない。実行前に必ずフィリピン登録の弁護士・公認会計士に確認すること。

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