宗教と政治
「カトリックが約79%」という数字から、統一された政治的影響力を想像すると間違える。 フィリピンで政治的に決定的なのは、規模ではなく「動員できるか」である。 2025〜2026年は、この分野が最も激しく動いた2年間だった。洪水対策事業の汚職スキャンダル、ドゥテルテ前大統領のICC移送、サラ・ドゥテルテ副大統領の弾劾裁判、イグレシア・ニ・クリスト(INC)出身上院議員の逮捕、BARMM初の議会選挙(2026年9月14日)。宗教団体はそのすべてに当事者として関わっている。
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| 論点 | 結論 |
|---|---|
| 最大宗教 | ローマ・カトリック 78.8%(2020年センサス、PSA、2023年2月公表) |
| 政治的に「動く」票 | カトリックではなく INC(2.6%)。規模ではなく統制力 |
| 現在の対立軸 | 汚職(洪水対策事業)/離婚/性教育/SOGIE/開発事業 |
| カトリック側の顔 | CBCP議長 Gilbert Garcera リパ大司教(2025年12月1日〜2027年11月30日) |
| INC側の危機 | 上院議員 Rodante Marcoleta が2026年7月6日に略奪罪(plunder)で逮捕 |
| ムスリム側の焦点 | BARMM初の議会選挙=2026年9月14日(4回延期の末) |
| 日本企業に効く点 | カトリック系NGO(Caritas Philippines)は鉱業・埋立・石炭・AI特区に対する全国規模の反対主体 |
1. 宗教人口 ── 数字を正しく扱う
出典:フィリピン統計庁(PSA)2020年国勢調査(2020 CPH)/2023年2月公表
| 宗教 | 人数 | 比率 |
|---|---|---|
| ローマ・カトリック | 85,645,362人 | 78.8% |
| イスラム(Islam) | 6,981,710人 | 6.4% |
| イグレシア・ニ・クリスト(Iglesia ni Cristo) | 2,806,524人 | 2.6% |
| セブンスデー・アドベンチスト | ― | 0.8% |
| アグリパイ(Aglipay) | ― | 0.8% |
| フィリピン独立教会(Iglesia Filipina Independiente) | ― | 0.6% |
| バイブル・バプテスト教会 | ― | 0.5% |
| UCCP/エホバの証人/Church of Christ | ― | 各0.4% |
母数は世帯人口108,667,043人(2020年、PSA)。
注 数字の落とし穴(4つ)
注 ①「79.5%から78.8%に減った=世俗化」ではない。 2015年センサスは「カトリック・カリスマ派」をカトリックに含め、2020年は含めていない(2020年のカリスマ派は74,096人、PSA)。統計の定義変更が混じっている。
注 ②「Aglipay」と「Iglesia Filipina Independiente」は同じ教会の別呼称だが、センサスでは別項目として集計されている。 合算すると約1.4%になる。どちらの数字を引くかで規模の印象が変わる。
注 ③「世界第3位のカトリック人口」という主張は本稿では裏を取れなかった=未確認。 何を分母にするか(教会の洗礼者統計か、自己申告のセンサスか)で順位が動く。確実に言えるのは「2020年センサスの自己申告で8,564万人」だけである。なお2023年時点で東南アジアのカトリック人口の76.7%がフィリピンに集中しているという集計はある(BusinessMirror、2025年3月、教会統計に基づく)。
注 ④「6.4%のムスリム」は全国平均であって、地域では多数派である。
地域差(2020年 CPH)
| 地域 | 内容 |
|---|---|
| BARMM | イスラム 90.9%(4,490,000人/地域世帯人口494万人)、カトリックは 5.3% のみ |
| ビコール地方(第V地方) | カトリック 93.5%(全国最高)。アルバイ州は 96.2% |
| サンボアンガ半島 | ムスリム 18.2% |
| SOCCSKSARGEN | ムスリム 15.8% |
| 北ミンダナオ | ムスリム 8.5% |
| ダバオ地方/MIMAROPA | ムスリム 各3.5% |
BARMM以外のすべての地方でカトリックが50%超。つまり「宗教対立」は全国的現象ではなく、ミンダナオ西部という地理に強く紐づく。
2. 政教分離 ── 条文と、実際の運用
1987年憲法の関連条文(原文ベース)
| 条項 | 内容 |
|---|---|
| 第2条第6項 | "The separation of Church and State shall be inviolable."(政教分離は不可侵) |
| 第3条第5項 | 国教樹立の禁止・信教の自由。宗教的テストの禁止 |
| 第6条第5項(2) | 政党名簿代表は下院議員総数の20%を構成する |
| 第6条第28項(3) | 教会・司祭館・修道院・モスク・非営利墓地の非課税 |
| 第6条第29項(2) | 宗派・教会への公金支出の禁止(軍・刑務所・孤児院・ハンセン病療養所に配置された聖職者への支出は例外) |
| 第9条C第2項(5) | "Religious denominations and sects shall not be registered."(宗教宗派は政党として登録できない) |
公立学校での任意の宗教教育(憲法第14条3(3)とされる)については、本稿で条文原文を確認できなかったため未確認とする。
実際の運用 ── 「壁」ではなく「迂回路」
宗派そのものは政党登録できない(第9条C)。
しかし「宗派を母体とする団体」は登録できる。
→ これが政党名簿制度(party-list)を通じた議席獲得の入口になっている。
また「宗教宗派になったこと」は既存政党の登録取消事由でもある(Comelec規則)。
憲法学の整理では、フィリピン型の政教分離は「敵対の壁(wall of hostility)」ではなく「配慮の壁(wall of accommodation)」と表現されることがある。実務上は、教会の非課税・司祭の軍配属・国教なき祝日(聖週間、諸聖人の日)など、制度の随所に宗教が組み込まれている。
選挙管理上の運用例:Comelec委員長 George Erwin Garcia は2024年12月、2025年中間選挙の立候補予定者に対し、ブラック・ナザレノ祭とサント・ニーニョ祭を「政治抜き(politics-free)」に保つよう要請した(Inquirer)。注 ただし「教会内での選挙運動を禁止するComelec決議」の具体的条項は本稿では確認できず、未確認。
3. カトリック教会 ── 大きいが、まとまらない
構造(規模の実像)
| 項目 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 教会管轄区の総数 | 87 | GCatholic(2025年) |
| 内訳 | 首都大司教区16、属司教区59、使徒座代理区7、属人区(territorial prelature)4、軍事司教区1 | 同上 |
| 司祭 | 10,365人(教区司祭6,626、修道司祭3,739) | 同上 |
| 司教 | 131人 | 同上 |
| 修道者 | 12,757人(修道女11,470を含む) | 同上 |
| カテキスタ | 85,596人 | 同上 |
注 管轄区の内訳は出典によって食い違う(Wikipedia のCBCP項目は「大司教区16、司教区51、使徒座代理区7、属人区5、軍事司教区1」)。数え方(設立日・分類)の差なので、必ず出典を明記して引くこと。
最新の分割:プロスペリダード司教区(Diocese of Prosperidad) が2024年10月15日にブトゥアン司教区から分離し87番目の司教区に。初代司教Ruben Labajoの着座は2025年1月28日。 2025年時点で司教空位の教区が複数(10月時点で5、2025年6月報道では9)存在した(Catholic World Report/教会系媒体)。これは「教会が一枚岩でない」ことの構造的な現れでもある。
CBCP(Catholic Bishops' Conference of the Philippines/比司教協議会)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設立 | 1945年2月15日 |
| 本部 | マニラ・イントラムロス(マニラ大聖堂の裏手) |
| 構成 | 現役司教約90名+名誉職等約40名 |
| 現議長 | Gilbert Garcera リパ大司教(任期2025年12月1日〜2027年11月30日) |
| 前議長 | Pablo Virgilio "Ambo" David カローカン司教(2021〜2025年、2期4年) |
注 訂正:初稿は「元CBCP議長 Fernando Capalla 大司教」を現在形の代表例として引いていたが、Capalla は2000年代の議長である。2026年8月時点の議長は Garcera。 実務で連絡・照会をする際に相手を間違える。
David は2024年12月7日に枢機卿に叙任され、2025年5月のコンクラーベ(レオ14世=Pope Leo XIV の選出)に投票権を持つ枢機卿として参加した。フィリピン人選挙権者は Luis Antonio Tagle、David、Jose Advincula の3名。David は会見でレオ14世に訪比を要請している(Rappler、2025年5月9日)。
なぜカトリックはブロックにならないのか
教会は「統一的な政治行動を強制するのに向いていない」構造を持つ。 司教は教区の長であり、司教協議会は上位命令機関ではない。教区司祭と信徒団体が大きな自律性を持つ。 したがって介入は「作戦指示」ではなく「道徳的な勧告」の形をとる。
CBCP の言い方の型は一貫している。2026年7月8日、シナカバン(西ミサミス州)での第132回総会で Garcera 議長は司教たちに問うた ──「我々の司牧書簡は『聖歌隊(church choir)』にしか届いていないのではないか」。教会自身が動員力の限界を自覚している。 2026年8月19日、Garcera は「教会は政治的選択を押し付けないが、賢明な識別を助ける」と述べ、2028年大統領選に向けた良心形成を教会の役割と位置づけた(CBCP News/Interaksyon)。
2025〜2026年:カトリック教会は「反汚職」で前面に出た
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年9月8日 | CBCP司牧書簡 "Beyond Survival: Rising Above the Floods of Corruption"(アモス書5:24「正義を水のように流れさせよ」)。議員・地方技官・監査官・政治的パトロンまで名指しで批判。財務省(DOF)は洪水対策事業の不正で2年間に最大 1,185億ペソ の経済損失と推計(Rappler、2025年) |
| 2025年9月21日 | Trillion Peso March(EDSA People Power Monument、CBCP が参加を呼びかけ/15,000人超)+ Luneta の "Baha sa Luneta"(学生主導、10万人規模との報道)。過去15年の洪水対策支出 1.9兆ペソ に由来する名称。9月21日は1972年戒厳令布告の記念日 |
| 2025年10月6日 | CBCP「白塗り(whitewash)反対」声明。独立インフラ委員会(ICI)の自由な調査、内部告発者保護、予算挿入の開示を要求 |
| 2025年11月 | CBCP、疑惑の「政治利用」に警告。超憲法的手段(extra-constitutional means)への反対を明記 |
| 2025年11月30日 | 第2回 Trillion Peso March(ルネタ、2万人/主催者側) |
| 2026年2月 | EDSA革命40周年司牧書簡「remember, repent, respond」。政治王朝禁止法(anti-dynasty bill)の成立を明確に支持。2月22日に全国のミサで朗読 |
| 2026年2月25日 | 第3回 Trillion Peso March(EDSA Shrine前)。Socrates Villegas 大司教はマルコス家の権力復帰を名指しで批判 |
注目点:カトリック教会は「特定候補の支持」ではなく「争点(汚職・王朝)」で動員する。これが INC 型の命令投票との決定的な違いである。
歴史的背景として、注 初稿の「戒厳令期に教会が体制と協調した側面もある」は正しい。教会は1986年のEDSA革命で決定的役割を果たしたが、それ以前は司教団の内部が分裂していた。教会は「常に民主派」だったわけではない。
ドゥテルテ前大統領のICC移送と教会(2025〜2026年)
- 2025年3月11日、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領がマニラ空港でICC逮捕状に基づき拘束され、同日夜にマニラを発ち、3月12日にオランダでICCへ引き渡された(分野内資料「通史」§8は引き渡しを3月12日、初出廷を3月14日と記載。拘束日=3月11日/引渡日=3月12日と書き分けること。2026-08-25 相互照合で明確化)。対象期間は2011年11月1日〜2019年3月16日=フィリピンがローマ規程の締約国だった全期間の人道に対する罪。
- 死者数は出所で桁が違う。PDEA(政府公式)6,252人(2016年7月〜2022年5月31日、警察作戦中の死亡のみ)/ICC検察官の推計 12,000〜30,000人(2021年6月の捜査開始請求書)/人権団体の推計 27,000〜30,000人(自警団型殺害を含む)。注 政府統計・ICC推計・NGO推計の3系統を混同しないこと。(2026-08-25 相互照合で内訳を補記。出典:分野内資料「通史」§8の一覧と統一)
- カトリック側の反応:Caritas Philippines は3月11日声明で「法の支配に立て」と支持者に呼びかけ、Gerardo Alminaza 司教は「殺害は無作為ではなく、政策だった」と述べた。ただし司教団の中でもトーンには幅があり、教会は「4割弱が依然ドゥテルテを支持する社会」の中で分裂を扱っている(Crux、2025年3月)。
- ICC 手続の現況: 2026年1月26日、ICC第I予審裁判部がドゥテルテを「訴訟遂行能力あり(fit to stand trial)」と判断(医療専門家3名のうち2名が明確に肯定)。2月13日に防御側の上訴が却下。2026年5月27日の状況会議で、第III公判部は追加の能力評価を条件に 公判開始を2026年11月30日と想定。勾留は継続中。
4. イグレシア・ニ・クリスト(INC)── ブロック投票の実像
組織
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創設 | 1913年11月、マニラ。創設者 Felix Y. Manalo |
| 現最高指導者 | Executive Minister(執行牧師)Eduardo V. Manalo(2009年9月7日就任、終身職) |
| 副 | Deputy Executive Minister Angelo Eraño V. Manalo |
| 中枢 | 執行牧師+副+上級牧師11名の Sanggunian(諮問評議会) による中央集権的運営 |
| 本部 | ケソン市 New Era、Central Avenue |
| メディア | Eagle Broadcasting Corporation(EBC)=テレビ NET25、ラジオ DZEC Radyo Agila |
| 規模 | 2020年センサスで2,806,524人(2.6%) |
INC は中央集権・終身指導者・独自メディアという「動員に最適化された構造」を持つ。カトリックの正反対である。
「vote as one(一つとして投票せよ)」── 学術的な裏付け
2025年、Nico Ravanilla(UCサンディエゴ校)が Comparative Political Studies に発表した研究 "The Extraordinary Effect of Religious Sect Endorsements on Vote Choice: Evidence From Iglesia ni Cristo's 'Vote as One' Teaching"(DOI 10.1177/00104140241306943)は、三重差分(triple difference)法により、市町村レベルでの INC 支持候補の得票率が INC 有権者比率に対して 単位弾力的(unit elastic) であることを示した。
「単位弾力的」= INC 有権者が1人増えると、支持候補の票が1票増える。
→ ほぼ完全な遵守に近い。
著者の説明:情報コスト説だけでは説明できず、
「社会的投票(social voting)」=他の信徒の行動が自分の効用に入る、
というモデルを加えて初めて説明可能。
注 ただし「280万票」は神話である
| 主張 | 実際 |
|---|---|
| 「INC票は280万」 | 注 280万は全信徒数(乳児含む)。 |
| 投票年齢人口 | 研究では約 137万人、別の論評では約 188万人。出典によって大きく違う(新旧・定義差)ので、必ず併記すること |
| 遵守率 | SWS 出口調査に基づく Rappler の指摘では、INC 有権者の20〜25%は教団の推薦に従わない |
| 全有権者に占める比率 | 2022年の投票者5,600万人に対し約3%(BusinessWorld 論説、2025年1月) |
正しい理解は「280万票の塊がある」ではなく、「100万票台の、極めて予測可能で、僅差の議席を動かせる票がある」。上院選のような全国区で12位争いが数十万票差になる制度では、これが決定的になる。
近年の推薦と結果
| 年 | 支持先 | 結果 |
|---|---|---|
| 2010年 | ベニグノ・アキノ3世ほか | ― |
| 2019年 | 上院候補12名 | 12名中 11名 が当選(Magic 12入り) |
| 2022年 | UniTeam(マルコス・ジュニア+サラ・ドゥテルテ)、上院候補12名 | 上院は12名中 10名 当選 |
| 2025年 | 8名のみ(従来の12名フルスレートから転換) | 7名当選。Bong Revilla は14位で落選 |
2025年の8名(サンプル投票用紙に記載): Bam Aquino(KNP)、Bong Revilla(Lakas-CMD/Alyansa)、Pia Cayetano(NP/Alyansa)、Ronald "Bato" dela Rosa(PDP)、Bong Go(PDP)、Rodante Marcoleta(無所属/PDP、Sagip政党名簿選出下院議員)、Imee Marcos(NP)、Camille Villar(NP/Alyansa)。
これは「与党スレートへの丸乗り」ではない。与党系4名(Revilla、Cayetano、Villar、Imee)、野党系3名(Aquino、Dela Rosa、Go)と、両陣営にまたがっている。マルコス=ドゥテルテ分裂後、INC はどちらの側にも張っていない。 Marcoleta と Aquino は事前調査で当選圏外の「ロングショット」だったが、ともに Magic 12 に食い込んだ。これが INC 効果の最も分かりやすい実例である。
注 初稿の「2019年=ドゥテルテ大統領に近い候補」という記述は不正確ではないが粗い。INC は毎回スレート単位で推薦しており、陣営単位ではない。
2025〜2026年:INC は「街頭の力」として前面に出た
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年1月13日 | National Rally for Peace(平和のための国民集会)。サラ・ドゥテルテ弾劾に反対するマルコス大統領の姿勢を支持。PNP 推計でキリノ・グランドスタンドに 160万人、全国約12〜13か所で計 180万人 規模と報じられた。マニラ・パサイの官公庁・学校が休みに。INC 報道官 Edwil Zabala は「政治ではなく道徳の問題」と説明 |
| 2025年11月16〜18日 | 3日間の集会(リサール公園)。要求は「政府の透明性と説明責任」。警察は約30万人を想定し16,000人超を動員。洪水対策汚職の局面で、今度は政権批判側に立った |
| 2026年6月30日〜7月2日 | Marcoleta 上院議員の訴追に抗議する3日間のEDSA集会。初日13時時点でPNP推計12,000人。ケソン市が許可延長を取り消し、リワサン・ボニファシオへ移動 |
2025年1月と2025年11月で、INC の立ち位置は反転している。「INC はどちら側か」という問いの立て方自体が誤り。INC は「教団の利害」で動く。
Marcoleta 事件 ── 2026年最大の政教問題
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 人物 | Rodante Marcoleta 上院議員。上院議員に選出された 初の INC 信徒。元 Sagip 政党名簿選出下院議員。NET25 に自身の番組を持つ |
| 役職 | 上院ブルーリボン委員会委員長として洪水対策事業汚職の調査を主導 |
| 容疑 | 2025年1月に「友人」3名から受け取った 7,500万ペソ(Mike Defensor 3,000万、Aristotle Viray 2,500万、Joseph Espiritu 2,000万)を選挙費用報告書(SOCE)と資産負債純資産申告書(SALN)に記載しなかった=不当利得 |
| 罪名 | 略奪罪(plunder、閾値5,000万ペソ、保釈不可)+大統領令第46号違反(公務員の贈答受領禁止)+間接収賄 |
| 訴追 | オンブズマン Jesus Crispin Remulla がサンディガンバヤン(汚職特別裁判所)第3部に提訴 |
| 逮捕 | 2026年7月6日(月)。サンディガンバヤンが忌避申立と逮捕状執行延期をともに却下した直後。ケソン市パヤタスの New Quezon City Jail に収監、7月10日罪状認否 |
| 同房 | Jinggoy Estrada 上院議員(2026年6月逮捕、洪水対策関連で5億7,000万ペソ超のキックバック疑惑)、元上院議員 Bong Revilla |
| 本人の主張 | 「汚職追及を止め、弾劾手続から自分を外すための一石二鳥」 |
政治的インパクト:逮捕は サラ・ドゥテルテ副大統領の弾劾裁判が上院で開廷した当日(2026年7月6日)だった。弾劾の有罪要件は上院の3分の2=16票だが、管轄外の議員が3名になれば14票に下がるという議論が生じている。 INC の反応:Zabala 報道官は「選択的正義(selective justice)」と批判。オンブズマン Remulla は「何も変わらない、提訴する」と応じた(BusinessMirror、2026年7月1日)。 2028年に向けて、Marcoleta はサラ・ドゥテルテの副大統領候補として名前が挙がっていた。
注 偽情報注意: 「Marcoleta が INC のオンライン礼拝を推進すると発言」というAI生成動画が拡散したが、元映像は NET25 で選挙資金について語ったもの(VERA Files ファクトチェック)。
5. その他の宗教政治アクター
エル・シャダイ(El Shaddai DWXI Prayer Partners Fellowship International)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創設 | 1984年8月20日、Mariano "Brother Mike" Velarde(元不動産業者)。ラジオ番組が母体 |
| 性格 | カトリック・カリスマ刷新運動の信徒団体(プロテスタント教派ではない)。1986年に信徒運動として承認され、マニラ補佐司教 Teodoro Bacani を霊的指導者に |
| 本部 | パラニャーケ市 El Shaddai International House of Prayer |
| 規模 | 注 800万〜1,000万人と称される(Catholics & Cultures は国内900万人+在外フィリピン人200万人、「世界最大の信徒団体」と記述)。62か国以上に支部 |
| 直近 | 2026年8月15〜16日、キリノ・グランドスタンドで創立42周年集会(Philstar、2026年8月16日) |
注 訂正:初稿の「信徒100万人超と推定」は、流通している自称値(800万〜1,000万)と一桁違う。ただしこれらは団体側の主張であり、政府統計ではない。センサスでは「カトリック・カリスマ派」は74,096人しか計上されていない(自己申告の枠組みが違うため直接比較できない)。推計値・自称値・政府統計を必ず区別すること。
政治:エストラーダ元大統領(1998〜2001年)は Velarde を霊的顧問にした。2022年2月、Velarde はパラニャーケの祈祷集会でマルコス・ジュニア+サラ・ドゥテルテを公然支持し、毎週土曜に上院候補2名ずつを計14名まで発表した。 注 ただし Velarde の政治顧問は「エル・シャダイはブロック投票をしない」「信徒は自由に選べ」と繰り返し述べている。INC 型の命令投票とは性質が違う。「推薦の転換率が高い」と信じられていることと、実際に統制されていることは別である。
エル・シャダイと Buhay 政党名簿の決裂 ── 初稿の重大な誤り
注 訂正:初稿は「エル・シャダイ → Buhay」を現在の対応関係として書いているが、両者は2021年11月に決別している。
経緯:Velarde の息子2名(Rene del Monte Velarde、Michael del Monte Velarde Jr.)が、2022年選挙の候補者順位をめぐる合意違反を理由に Buhay(Buhay Hayaan Yumabong)を離脱。20年以上続いた提携が終わった。
その後の得票が、宗教マシーンの価値を最も明確に示している。
| 年 | Buhay の得票 | 議席 |
|---|---|---|
| 2007年(ピーク) | 1,169,234票(7.33%) | 3 |
| 2022年(決別後) | 103,077票 | 0 |
| 2025年 | 99,365票(0.24%) | 0 |
教団の動員が外れた瞬間に、得票は約11分の1に落ちた。これがフィリピンにおける「宗教票」の実体的な大きさの、最も正直な指標である。
Jesus Is Lord Church Worldwide(JIL)と CIBAC
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創設 | 1978年、Eddie Villanueva(Brother Eddie)夫妻。学生15人から出発。60か国以上に展開と自称 |
| 政党名簿 | CIBAC(Citizens' Battle Against Corruption)、1997年設立。CIBAC 側は「教会の隠れ蓑」との評価を否定している |
| 2025年結果 | 593,911票(1.42%)、1議席。第1候補者は Eddie Villanueva 本人 |
| 関連組織 | Philippines for Jesus Movement(PJM):全国40人超の各派主教が参加 |
| 政治的立場 | Villanueva は「再選されれば SOGIESC 法案と離婚法案に反対し続ける」「神の意志に反する」と明言。GMA は「"Satanic measures" を阻む」と見出しを打った |
| 家族 | 息子の Joel Villanueva は上院議員(任期は2028年まで、2025年の改選対象外)。上院多数党院内総務として SOGIE 法案の進行を止めてきたと Amnesty Philippines が指摘 |
| 2025年の推薦 | JIL は上院候補5名を推薦:Pia Cayetano、Manny Pacquiao、Tito Sotto、Panfilo Lacson、Francis Pangilinan。「ブロック投票は奨励しない、あくまで指針」と説明 |
JIL モデルの本質は「票の動員」ではなく 「議席と委員会ポストの直接確保」 である。1議席でも、上院に息子がいれば法案は止まる。
Kingdom of Jesus Christ(KOJC)と Apollo Quiboloy ── 訴追の現況
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 〜2022年 | Quiboloy(自称 "Appointed Son of God")はドゥテルテ前大統領の霊的顧問。放送局 SMNI を擁する。2022年から FBI 最重要指名手配 |
| 2024年3月18日 | パシグ地裁に 加重人身取引罪(qualified trafficking) で起訴 |
| 2024年9月8日 | ダバオの教団施設に警察約2,000人が突入・包囲した末に 投降(初稿の「逮捕」より正確には「包囲後の投降」)。以後勾留継続 |
| 2024年9月13日 | 罪状認否で 無罪主張。共犯6名も同様 |
| 2024年10月8日 | 勾留中のまま2025年上院選に立候補(代理人がCOC提出)。当初はWPP指名、後に無所属に変更 |
| 2024年12月 | Comelec 第1部・En Banc とも、労働界の Sonny Matula による「泡沫候補(nuisance candidate)」認定申立を却下。「収監中でも立候補資格はある」 |
| 2025年5月 | 落選。陣営は手動再集計を要求したが、Comelec 委員長 Garcia は RA 9369(自動選挙法)上できないと拒否。注 得票順位は本稿では未確認 |
| 2025年7月 | パシグ地裁(Rainelda Estacio-Montesa 判事代行)が 保釈を却下。「未成年信徒を性的搾取した権威の中心人物」と認定、シンジケートによる加重人身取引2件で有罪証拠は強いと判断。法定刑は終身刑+200万〜500万ペソの罰金、保釈不可 |
| 係属裁判所 | 加重人身取引=パシグ地裁第159支部/児童性的虐待=最高裁がダバオからケソン市第106支部へ移送 |
| 2026年7〜8月 | 米国が正式に身柄引渡し(extradition)を要求。DFA が受領を確認し DOJ に回付(Philstar、2026年8月7日)。米側の訴因は、強制・詐欺・強要による性的人身取引の共謀、児童の性的人身取引、性的人身取引、大量現金密輸(bulk cash smuggling)。詐欺ビザで信徒を渡米させ寄付集めを強制したとされる |
| 法的論点 | 1994年の比米犯罪人引渡条約では、原則として国内の裁判・服役が終わってからの引渡し。ただし国内裁判所の許可による一時的引渡しは可能。弁護側は「国内手続の継続中は極めて非現実的」と主張 |
2026年8月25日現在、フィリピン国内でも米国でも有罪判決は出ていない。注「有罪になった」と書いてある日本語記事があれば誤り。
フィリピン独立教会(Iglesia Filipina Independiente/アグリパイ派)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 成立 | 1902年、ローマからの分離。Gregorio Aglipay 神父(革命参加で破門)と文筆家 Isabelo de los Reyes が創設。スペイン人修道士の圧政とフィリピン人司祭への差別が背景 |
| 規模 | 2020年センサスで Aglipay 0.8%+IFI 0.6% |
| 現最高主教 | Obispo Máximo Joel Ocop Porlares(2023年6月29日〜)。前任 Rhee Timbang(2017〜2023年) |
| 特徴 | 社会運動志向が強い。2017年5月5日、フィリピン初の女性主教 Emelyn Dacuycuy を叙階 |
| 政治的位置 | ドゥテルテ政権期に「麻薬戦争」批判を続け、主教・司祭がレッドタギング(共産勢力との一方的な結びつけ)の対象となった。ミンダナオでは "IFI=NPA" の落書き、テロリスト指定リストへの掲載が報告された(Rappler、GMA、Davao Today、NCCP) |
「宗教団体=保守」ではない。IFI と NCCP(フィリピン教会協議会)は一貫して左派・人権側にある。日本の企業・NGO が現地の教会系団体と接触する場合、カトリック/IFI/プロテスタント諸派/INC/独立系福音派で政治的位置が全く違うことを前提にすること。
6. 政党名簿制度(party-list)と宗教団体
制度の骨格(2025年選挙時点)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 議席 | 下院総定数の20%(憲法第6条5項(2)) |
| 配分方式 | ヘア基数(Hare quota)。2%以上で追加議席の対象、1団体最大3議席 |
| 2025年参加団体 | 156団体 |
| 当初配分議席 | 63議席 → 2025年9月に「63議席は下院総数の19.8%にすぎない」として1議席追加、Gabriela に配分(計64) |
| 変動 | 2025年10月、2位だった Duterte Youth を Comelec が失格。3議席を Abono、Ang Probinsyano、Murang Kuryente に再配分 |
宗教系・宗教由来の団体(2025年結果)
| 団体 | 母体 | 2025年得票 | 議席 |
|---|---|---|---|
| CIBAC | Jesus Is Lord(JIL) | 593,911票(1.42%) | 1 |
| SAGIP | INC 信徒 Marcoleta の出身母体(上院転出) | 405,297票(0.97%) | 1 |
| Buhay | 旧エル・シャダイ(2021年に決別) | 99,365票(0.24%) | 0 |
注 訂正:初稿の「INC → Alagad」という対応は、2026年時点の実態を反映していない。 Alagad の現況は本稿では確認できず 未確認。確認できる事実は、INC 信徒 Marcoleta が SAGIP の政党名簿代表から出発し、2025年に上院議員に転じたことである。
制度の要点:憲法は「宗派の政党登録」を禁じているが、「宗派を母体とする団体の登録」は禁じていない。禁止は形式に効き、実質には効いていない。
7. イスラムと BARMM ── 2026年9月14日が本番
宗教制度としてのイスラム(全国レベル)
| 制度 | 内容 |
|---|---|
| PD 1083(ムスリム身分法典) | 1977年2月7日、マルコス(父)が署名。婚姻・離婚・相続・後見などムスリムの身分・家族関係を規律。刑事法には及ばない |
| シャリーア裁判所 | 最高裁の行政監督下。地区裁判所・巡回裁判所。裁判官はイスラム法の知識が要件 |
| NCMF(国家ムスリム・フィリピン人委員会) | 2010年2月18日設立(RA 9997)。内務地方自治省(DILG)傘下。委員長 Sabuddin N. Abdurahim、職員866人(2024年) |
| RA 12304(2025年9月18日署名) | RA 9997 を改正。シャリーア裁判所手続のデジタル化と、裁判所のない地域の当事者のための NCMF 法務局による訴状提出代行。ミンダナオ外のムスリムのアクセス改善が目的 |
| バンサモロ・シャリーア高等裁判所 | 2026年1月21日、最高裁が設置手続を開始 |
知らないと間違える点:「フィリピンは離婚のない国」は不正確。 ムスリムは PD 1083 に基づき離婚できる。宗教によって家族法が違う国である。
BARMM(バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠法 | バンサモロ組織法(BOL)、2018年8月10日発効 |
| 現行統治 | 暫定機関 BTA(Bangsamoro Transition Authority) |
| 暫定首相 | Abdulraof Macacua(2025年3月、マルコス大統領が任命)。マギンダナオ・デル・ノルテ州知事、MILF 武装部門 BIAF 参謀長 |
| 前任 | Ahod "Al Haj Murad" Ebrahim(MILF 議長)。交代式(2025年3月27日)を欠席したが後任支持は表明 |
注 選挙が4回延期された経緯(これ自体が最重要論点)
| 予定 | 結果 |
|---|---|
| 2022年5月 | 延期 |
| 2025年5月 | 延期 |
| 2025年10月13日 | 最高裁が2025年9月30日、11対3(棄権1) でバンサモロ自治法58号・77号(選挙区割)を違憲と判断。BAA 77 は選挙期間開始(8月14日)後の8月19日成立で有権者登録法違反。BAA 58 はスールー除外後の枠組みで「時代遅れ」→ 延期 |
| 2026年3月30日 | Comelec 委員長 Garcia が準備不足を理由に再延期 |
| 2026年9月14日 | RA 12317(2026年3月25日署名)で確定。当選者は2026年10月30日正午就任。以後2031年5月から全国選挙と同期 |
スールー州の除外: 2024年9月、最高裁は、2019年の住民投票で BOL 批准を拒否したスールー州の BARMM 帰属を無効とした。注 5年かかった判断であり、地域側には政治的意図を疑う見方がある(Just Security 分析)。これが議席配分をやり直す必要を生み、延期の連鎖の起点になった。
2026年9月選挙の骨格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定数 | 80議席 |
| 内訳 | 政党代表(比例代表)40/小選挙区 32(BAA 86、2026年1月20日署名で25→32に回復)/留保・部門枠 8 |
| 今回争われる議席 | 72(部門枠8は認定部門団体の内部選出) |
| 過半数 | 41 |
| 登録有権者 | 約 230万人 |
| 登録政党(8) | UBJP(MILF 系、Murad Ebrahim 党首)、Moro Ako、Pro-Bangsamoro、BAPA、Mahardika、BARMM Grand Coalition、Raayat、1ASC(非モロ入植者コミュニティ代表) |
| 構図 | Ebrahim vs Macacua の首相ポスト争い(Manila Times、2026年4月) |
実務上の意味:BARMM は「宗教による自治」ではなく 地域自治だが、シャリーア法廷・ワクフ・イスラム金融など宗教制度が公的に組み込まれている。9月14日の結果は、MILF が「武装組織から統治政党へ」転換できたかを測る指標であり、ミンダナオ投資環境の前提条件そのものである。
8. 立法をめぐる教会と議会の対立
①離婚(absolute divorce)
| 時期 | 動き |
|---|---|
| 2024年5月22日 | 下院が HB 9349(絶対的離婚法案)を最終読会で可決 |
| 2024年6月10日 | 上院へ送付。上院女性・児童委員会が SB 2443 を承認(委員会報告124号) |
| 2025年半ば | 注 第19議会の閉会で法案は自動廃案。上院本会議を通らなかった |
| 第20議会(2025年〜) | HB 108、HB 210 など9本以上を再提出。2026年半ば時点でどちらの院も本会議可決に至っていない |
世論:SWS 調査では賛成 50%(2023年6月55%、2023年3月65%から低下)。注 一方で「一貫して過半数が賛成」と書く2026年の法律系解説もある。新旧・出典で数字が食い違うので、必ず調査年を添えること。 教会側:CBCP 公務委員会(CBCP-PAC)が反対を再確認。クバオ司教区の Honesto Ongtioco 司教が司牧書簡を出し信徒に反対表明を呼びかけ。注 ただしカトリック内部も一枚岩ではなく、アテネオ・デ・マニラ大学のカトリック神学・社会正義センターは離婚法案を公に支持している。
注 「バチカン市国と並び離婚法のない唯一の主権国家」という表現は広く流通するが、ムスリムには PD 1083 による離婚があり、カトリックにも民事上の婚姻無効(annulment)と教会法上の無効宣言がある。正確には「一般人口に適用される離婚法がない」。
②避妊・リプロダクティブヘルス(RH法)
- RA 10354(責任ある親と生殖保健法、2012年成立)。公的保健施設での近代的避妊法へのアクセス、性教育、違法中絶の合併症ケアを規定。カトリック教会は13年間反対運動を展開し、成立後は最高裁に提訴したが、2014年に合憲判断。
- 信徒と司教団は一致していない。 2010年 SWS 調査では、カトリック信徒の 68% が政府による避妊具配布に賛成、71% が全国的な家族計画政策に賛成。注 2010年の古い数字なので、引用時は年を必ず添えること。
- 実施レベルの抵抗:マニラ市では2000年以来、市長行政命令により近代的避妊具へのアクセスが事実上禁止されてきた(当時の市長 Lito Atienza ── 後に Buhay 政党名簿の下院議員)。中央で成立した法が、地方の宗教的行政命令で無効化されるという構造がある。
③思春期妊娠防止法案と包括的性教育(CSE)── 2025年の決定的事例
| 時期 | 動き |
|---|---|
| 2023年9月 | 下院が HB 8910 を最終読会で可決。上院は SB 1979(思春期妊娠防止法案)に 19名の上院議員が委員会報告に署名 |
| 2025年1月8日 | 教会系団体の連合 NCFC(National Coalition for the Family and the Constitution) が動画・声明で「子どもの性化」「親の権利の侵害」と批判 |
| 2025年1月 | マルコス大統領が「幼い子には不適切な "woke" 要素がある」と発言。CIBAC の Eddie Villanueva 議員と Rufus Rodriguez 議員が下院可決の撤回を要求 |
| 2025年1月21日 | 7名の上院議員が委員会報告から署名を撤回(Binay、Ejercito、Estrada、Go、Legarda、Revilla、Villar) |
| その後 | 提案者 Risa Hontiveros 議員が代替法案を提出。CSE 対象を10歳以上に限定し、学問の自由・信教の自由の保障条項を追加、「国際基準に準拠」の文言を削除 |
この事例が示すもの:教会系団体は「法案を潰す」のではなく「署名を剥がす」。教会の力は、議会の多数派を作る力ではなく、既にある多数派を崩す力である。 注 WHO と UNESCO は「包括的性教育はマスターベーション等の性行為を教えたり推奨したりしない」と明言している。争点の相当部分は、法案の実際の条文ではなく言説(disinformation)の側にあった。
④SOGIE平等法案(性的指向・性自認)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 初提出 | 2000年、第11議会(Miriam Defensor-Santiago 上院議員/Etta Rosales 下院議員)。フィリピン史上最も長く係属している法案と評される |
| パターン | 下院は繰り返し可決 → 上院で毎回止まる |
| 2022年 | 上院女性委員会が承認、24名中19名が委員会報告に署名(18議会は8名)。その後 Rules 委員会で停滞 |
| 障害 | Amnesty Philippines は、当時の上院多数党院内総務 Joel Villanueva(JIL 創設者の息子)らの引き延ばし戦術と誤情報を指摘 |
| 上院議長の立場 | Francis "Chiz" Escudero は「一般的な反差別法のほうが可決可能性が高い」「修正なしでは荒海が続く」 |
| 第20議会 | HB 3410(2025年8月11日提出、Patrick Michael Vargas 議員)、HB 7069(SOGIESC 版、2026年1月26日読会)。委員会段階 |
| 関連判例 | Ang Ladlad 対 Comelec:最高裁は、Comelec が宗教的教義を根拠に LGBT 政党名簿団体の認定を拒否したことを退けた(憲法第3条5項) |
⑤その他
- 政治王朝禁止法(anti-dynasty bill):2026年2月の CBCP 司牧書簡が明確に支持。教会が「道徳」ではなく「制度改革」を要求した点が新しい。
- 死刑復活:司教団はドゥテルテ政権期の復活論に一貫して反対。
9. 開発事業への反対 ── 日本企業に最も直結する部分
主体:Caritas Philippines(NASSA/CBCP 社会活動・正義と平和事務局)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 位置づけ | CBCP の公式な社会活動部門。全国の教区社会活動局(DSAC)とつながる |
| 現会長 | Gerardo Alminaza 司教(サンカルロス教区)。前会長は Jose Colin Bagaforo 司教(キダパワン教区) |
注 会長は交代している。2025年の声明は Bagaforo 名、2026年の声明は Alminaza 名で出ていることが多い。
反対案件の実例(2024〜2026年)
| 時期 | 案件 | 内容 |
|---|---|---|
| 2021年 | 鉱業新規許可の解禁(EO 130) | Caritas と司教団が反対 |
| 2024年4月 | マニラ湾埋立 | 2023年8月のマルコス大統領による一時停止表明について「表明だけでは不十分」(Alminaza 司教)。Alyansa Tigil Mina と連名で、全国の埋立・海底採砂の停止を命じる大統領令を要求。サンバレス・バターン・カビテの被害を指摘 |
| 2025年 | マハルリカ投資公社(MIC)の鉱業参入 | Bagaforo 司教「政府は持続可能な産業ではなく、立ち退き・森林破壊・人権侵害と結びついた採取産業に資源を振り向けている」 |
| 2025年 | 教会財政 | フィリピン司教団が教会の資金を化石燃料から引き揚げるよう呼びかけ(NCR 報道) |
| 2026年1月 | セミララ鉱業(Semirara Mining and Power)の50年石炭契約更新 | Alminaza 会長が更新に反対。現契約は2027年7月14日満了 |
| 2026年6月24日 | ヌエバ・ビスカヤ州キブンガンの鉱業探査反対バリケード | Jose Elmer Mangalinao 司教(バヨンボン)に対する刑事訴追を裁判所が 却下。司教が現場のバリケードに立つ国である |
| 2026年8月 | Pax Silica プロジェクト | タルラック州カパスの New Clark City における 1,620ヘクタール のAIハブ・技術特区。米主導の23か国・機関連合(2025年12月結成)が半導体・重要鉱物のサプライチェーン確保を目的とする。Alminaza 司教:「地域社会への深刻な脅威」「原材料・低付加価値部品・安価な労働力の供給者にとどまるなら産業化の意味がない」。David 枢機卿:透明性と技術移転、安全装置を要求。争点は アエタ先住民と農民の居住地/資金・管理主体の不透明性/膨大な電力・水の調達先 |
構図はこうなっている:
教区(現場) → 教区社会活動局 → Caritas Philippines(全国)→ CBCP(司教団声明)
+ Alyansa Tigil Mina 等の環境NGO
+ 国際カトリックネットワーク(Caritas Internationalis、バチカン系メディア)
これは「地域住民の反対」とは別の、全国的な組織を持つ反対勢力である。
しかも Laudato Si'(2015年、教皇回勅)以降、
環境問題は教会にとって「任意の社会活動」ではなく「教義」になっている。
実務上の含意: - ミンダナオ・パラワン・ヌエバビスカヤ・サンバレス・マニラ湾岸・タルラックの案件は、着工前に教区(diocese)レベルの対話相手を特定しておくこと。 - 教区は自治性が高く、CBCP や政府と話をつけても現地司教が反対すれば止まらない。逆に、CBCP が黙っていても現地司教が動くことがある。 - 先住民(Aeta、Lumad、Subanen)が絡む案件は、教会・人権NGO・IPRA法(先住民権利法)のFPIC手続が同時に走る。 - 「反対=反開発」ではない。Alminaza の批判の力点は「付加価値がフィリピンに残るか」にある。技術移転と雇用の質を説明できるかが分岐点になる。
10. 批判と、力学の整理
ブロック投票は、政治的影響力を少数の指導者に集中させる。
→ 政治家が「より広い公衆」に訴える動機を弱める。
→ 便宜・任命・資源と、組織の支持を交換する
「取引的政治(transactional politics)」を育てる。
→ そして、教団幹部の刑事責任が政治問題化したとき(Marcoleta、Quiboloy)、
数十万人の街頭動員が司法手続に対する圧力として使われる。
フィリピン大学の選挙研究サイト(UP sa Halalan)は「宗教的命令投票はなぜ民主主義を弱めるか」という論考を掲載している。一方で INC 側は「推薦ではなく団結(unite to vote)」と説明しており、教団自身は「命令投票」という語を公式には使わない。
5つのモデルの比較
| 団体 | 動員の型 | 実効的な武器 | 2026年の状態 |
|---|---|---|---|
| カトリック(CBCP) | 争点動員・道徳的勧告 | 司牧書簡、街頭、教区ネットワーク | 反汚職で前面。候補者推薦はしない |
| INC | 命令投票(vote as one) | 100万票台の確実な票+数十万人の街頭動員+NET25 | 所属上院議員が略奪罪で勾留中 |
| エル・シャダイ | 指導者の個人的推薦 | 「転換率が高い」という評判 | Buhay と決別後、議席なし |
| JIL/CIBAC | 直接議席化 | 下院1議席+上院に息子 | 離婚・SOGIE 阻止で機能 |
| KOJC | 個人カリスマ+放送局 | 実質崩壊 | 指導者は勾留・引渡し請求中 |
11. 実務チェックリスト
| 場面 | やること |
|---|---|
| 選挙予測 | INC の「サンプル投票用紙」が投票日直前に出る。12名フルスレートとは限らない(2025年は8名)。誰が入ったかを必ず確認 |
| 上院の法案読み | 委員会報告の署名者数を見る。署名は撤回されうる(2025年1月の7名撤回) |
| 事業立地 | 教区(diocese)の管轄を確認。教区=行政区ではない。司教名と教区社会活動局を先に特定 |
| 先住民地域 | 教会・人権NGO・FPIC が同時に動く前提で工程を組む |
| ミンダナオ | 2026年9月14日の BARMM 議会選挙まで、地域の政策・許認可は流動的 |
| 数字の引用 | 宗教人口は PSA センサス(2020年)を基準に。団体の自称値は「自称」と明記 |
| 祝祭日 | 聖週間(Holy Week)、諸聖人の日、ブラック・ナザレノ祭(1月9日)、ラマダン・イード(BARMM は地域休日)で稼働が止まる |
12. 注 知らないと間違える点(まとめ)
- 注 「カトリック79%=カトリック票79%」ではない。 カトリックは投票指示を出さない。
- 注 「INC は280万票」は誤り。 投票年齢人口は137万〜188万(出典で差)、うち20〜25%は従わない(SWS出口調査)。
- 注 「エル・シャダイ=Buhay」は2021年で終わっている。 Buhay は2022・2025年とも議席ゼロ。
- 注 CBCP 議長は Garcera(2025年12月〜)。 Capalla も David も現職ではない。
- 注 「フィリピンは離婚のない国」は不正確。 ムスリムには PD 1083 による離婚がある。
- 注 Quiboloy はまだ有罪判決を受けていない(2026年8月25日時点)。保釈却下=有罪ではない。
- 注 「宗派は政党登録できない」は形式論。 母体団体経由で議席を取っている。
- 注 教会系=保守、ではない。 IFI・NCCP は左派・人権側で、レッドタギングの標的になってきた。
- 注 エル・シャダイはカトリックの信徒運動であって、プロテスタント教派ではない。
- 注 「世界第◯位のカトリック国」という順位主張は、本稿では裏が取れなかった=未確認。
13. 年表(2024年10月〜2026年8月)
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2024年9月 | 最高裁、スールー州を BARMM から除外 |
| 2024年9月8日 | Quiboloy が包囲の末に投降(9月13日に無罪主張) |
| 2024年10月8日 | Quiboloy、勾留中のまま上院選に立候補届出 |
| 2024年10月15日 | プロスペリダード司教区(87番目)設立 |
| 2024年12月7日 | Pablo Virgilio David が枢機卿に叙任 |
| 2025年1月13日 | INC "National Rally for Peace"(全国約180万人、サラ・ドゥテルテ弾劾反対) |
| 2025年1月21日 | 上院議員7名が思春期妊娠防止法案の委員会報告署名を撤回 |
| 2025年3月11日 | ドゥテルテ前大統領、ICC 逮捕状で拘束・移送 |
| 2025年3月 | Macacua が BARMM 暫定首相に任命 |
| 2025年5月 | 中間選挙。INC 推薦8名中7名当選。CIBAC 1議席、Buhay 0議席 |
| 2025年5月8日 | コンクラーベでレオ14世選出(フィリピン人枢機卿3名が参加) |
| 2025年7月 | Quiboloy の保釈却下 |
| 2025年9月8日 | CBCP 司牧書簡「洪水の腐敗を越えて」 |
| 2025年9月18日 | RA 12304(シャリーア裁判所アクセス改善法)署名 |
| 2025年9月21日 | 第1回 Trillion Peso March |
| 2025年9月30日 | 最高裁、BARMM 選挙区割法を違憲と判断(11対3) |
| 2025年11月16〜18日 | INC 3日間集会(透明性と説明責任を要求) |
| 2025年11月30日 | 第2回 Trillion Peso March |
| 2025年12月1日 | Garcera 大司教が CBCP 議長に就任 |
| 2026年1月20日 | BAA 86 署名(BARMM 小選挙区を32に) |
| 2026年1月26日 | ICC、ドゥテルテを「訴訟遂行能力あり」と判断 |
| 2026年2月22日 | EDSA40 司牧書簡を全国のミサで朗読(政治王朝禁止法を支持) |
| 2026年2月25日 | 第3回 Trillion Peso March(EDSA 40周年) |
| 2026年3月25日 | RA 12317 署名、BARMM 選挙を2026年9月14日に確定 |
| 2026年6月24日 | Mangalinao 司教への鉱業反対バリケード関連の訴追を裁判所が却下 |
| 2026年6月30日〜7月2日 | INC、Marcoleta 訴追に抗議する3日間の EDSA 集会 |
| 2026年7月6日 | Marcoleta 上院議員を略奪罪で逮捕。同日、サラ・ドゥテルテ弾劾裁判が開廷 |
| 2026年7月8日 | CBCP 第132回総会(Garcera「聖歌隊にしか届いていないのでは」) |
| 2026年7〜8月 | 米国が Quiboloy の身柄引渡しを正式要請 |
| 2026年8月4日 | 司教団が Pax Silica(New Clark City の1,620haAI特区)を批判 |
| 2026年8月15〜16日 | エル・シャダイ創立42周年集会 |
| 2026年8月19日 | Garcera、2028年大統領選に向けた良心形成を教会の役割と表明 |
| 2026年8月24日 | サラ・ドゥテルテ弾劾裁判 第17日(審理継続中、評決なし) |
| 2026年9月14日 | BARMM 初の議会選挙(予定) |
| 2026年11月30日 | ICC でのドゥテルテ公判開始想定日 |