フィリピンの貧困と社会保障 ── 公式統計・4Ps・社会保険の全体像
注2026-08-26 検証済み。 本稿の修正履歴(4Ps予算の年次・段階の書き分け、卒業世帯数の期間、貧困統計の発表主体、GSIS司法府枠の雇用者負担、RA 10754/RA 7277の条番号、RA 11310承認日、RA 11055の明記ほか)は、代表ファイル『1987年憲法_v1.0_20260826.md』末尾の「検証記録(2026-08-26)」に全件表で記録してある。
0. この資料の作り方(出典の扱い)
注 PSA(フィリピン統計庁 / Philippine Statistics Authority)の公式サイト(psa.gov.ph)は、本調査時点で bot 遮断(Cloudflare のチャレンジ画面)により原表に到達できなかった。 そのため以下では、 - 政府一次発表として DSWD(社会福祉開発省)公式サイトの発表 - 法令は LawPhil の原文(条文番号を原文で確認) - 国際機関原典として World Bank の統計 API(World Development Indicators) - 最高裁(sc.judiciary.gov.ph)のプレス・ブリーファー - 二次資料として BusinessWorld / SWS(Social Weather Stations)
を用い、PSA 原表そのものに当たれなかった数値には「注 PSA原表未到達」と付す。Wikipedia は一切出典に用いていない。
1. 公式貧困統計 ── 2025年に「一桁」へ
1-1. 最新値(2025年 通年)
2026年8月21日(金)、PSA は2025年通年の公式貧困統計を公表した。注(2026-08-26 検証で修正。旧版は貧困率の出典を「DSWD公式発表」としていたが、公式貧困統計の作成・公表主体はPSAであり、「9.7%」「650万人が脱貧困」の発表主体は DEPDev=経済企画開発省〈旧NEDA〉と PSA である。DSWDは所管官庁ではない。出典:PNA 2026-08-21/Inquirer 2026-08-21/GMA 2026-08-21/Rappler 2026-08-21。注PSA原表そのものは bot 遮断により未到達)
| 指標 | 2023年 | 2025年 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 貧困率(人口ベース) | 15.5% | 9.7%(▲5.8pt) | PSA/DEPDev発表の報道(2026-08-21) |
| 貧困人口 | 約1,754万人 | 約1,108万人 | 同上(PSA値 17.54M→11.08M) |
| 貧困率(世帯ベース) | 10.9%(約300万世帯) | 6.4%(約190万世帯) | BusinessWorld(2026-08-21) |
| 貧困線(5人世帯・月額) | ₱13,873 | ₱14,634(+5.5%) | BusinessWorld(2026-08-21) |
| 貧困線(1人あたり・年額) | ₱33,296 | ₱35,121 | BusinessWorld(2026-08-21) |
| 1人あたり月額に換算 | 約₱2,775 | 約₱2,927 | 上記年額÷12 |
| 1人あたり平均年収 | ₱85,291 | ₱104,072(+22%) | BusinessWorld(2026-08-21) |
DEPDev(経済企画開発省。旧NEDA) は「2023年から2025年の間に650万人が貧困から脱した」「フィリピン開発計画(PDP 2023-2028)の一桁目標を前倒しで達成した」と発表している(バリサカン長官談。GMA/PNA/Inquirer 2026-08-21)。注(2026-08-26 検証で発表主体を DSWD → DEPDev に修正) PSAは、最下位10分位・第2十分位の1人あたり所得がそれぞれ23.8%・22.7%伸びたのに対し、1人あたり貧困線の上昇は5.5%にとどまったことを、改善の主因として挙げている(同報道)。
注 1人あたり月額₱2,927は、1日あたり約₱96にすぎない。 BusinessWorld(2026-08-25)が引用した分析者は、この水準を「非現実的に低い(unrealistically low)」と評している。
1-2. 推移(2015→2018→2021→2023→2025)
| 年 | 貧困率(人口ベース、国内貧困線) | 備考 |
|---|---|---|
| 2015 | 23.5% | World Bank WDI(SI.POV.NAHC) |
| 2018 | 16.7% | 同上 |
| 2021 | 18.1% | コロナ禍で悪化(+1.4pt) |
| 2023 | 15.5% | 同上 |
| 2025 | 9.7% | DSWD公式発表(注 PSA原表未到達) |
調査は3年ごと(FIES=Family Income and Expenditure Survey)ではなく2023年以降は隔年に移行しており、2024年の値は存在しない。注 「2021年に悪化した」という事実は、2018→2023の単純比較では見えなくなるので注意。
1-3. 国際比較用の貧困線(World Bank、2021年PPP基準)
注 世界銀行は2025年に国際貧困線を$2.15(2017年PPP)→$3.00(2021年PPP) に改定した。古い「$2.15基準」の数字が流通しているので注意。
| 年 | $3.00/日(2021PPP) | $4.20/日(2021PPP) |
|---|---|---|
| 2015 | 14.6% | 30.7% |
| 2018 | 8.3% | 21.8% |
| 2021 | 8.1% | 21.3% |
| 2023 | 5.3% | 16.9% |
(出典:World Bank WDI API、指標 SI.POV.DDAY / SI.POV.LMIC。2025年値は未収載)
1-4. 食料貧困(subsistence / food poverty)
注 2025年の食料貧困率(subsistence incidence)と食料貧困線の原数値は、本調査では原典に到達できなかった(PSA原表未到達)。 分かっているのは以下。
- 食料貧困線は 1人1日あたり₱64 水準に設定されている(GMA Network 2024-11-14、FNRI=食品栄養研究所の説明として)。1食あたりに直すと約₱21(Rappler 2024-08-15、BusinessWorld 2026-08-24)。
- PSA の国家統計官自身が、この食料貧困線を「不十分(insufficient)」と認めている(BusinessWorld 2026-08-24)。
- 感度分析:貧困線を30%引き上げるだけで、世帯ベース貧困率は10.9%→22.8%へ倍増する(BusinessWorld 2026-08-24 が引用したPSAの試算)。
- 食料貧困線の見直し作業は2024年から継続中(BusinessWorld「P64 food poverty threshold set for revamp」2025-09-01)。
2. 自己評価貧困(SWS Self-Rated Poverty)── 公式値との巨大な乖離
SWS(Social Weather Stations、民間調査機関)は四半期ごとに「あなたの世帯は貧しい(MAHIRAP)か、貧しくない(HINDI MAHIRAP)か」を対面で尋ねている。
2-1. 最新値(2026年6月調査)
| 指標 | 2026年3月 | 2026年6月 | 増減 |
|---|---|---|---|
| 自己評価貧困(SRP) | 52%(1,450万世帯) | 49%(1,360万世帯) | −3pt |
| 境界層(Borderline) | 13% | 14% | +1pt |
| 貧しくない | 35% | 37% | +2pt |
| 自己評価「食料貧困」(SRFP) | 42%(1,170万世帯) | 36%(1,020万世帯) | −6pt |
(出典:SWS「Social Weather Report」2026-08-14 公表、調査は2026年6月20〜29日、全国1,200人、誤差±3%)
2-2. 地域別(2026年6月、SWS)
| 地域 | 自己評価貧困 | 自己評価食料貧困 |
|---|---|---|
| メトロマニラ | 40% | 27% |
| ルソン(マニラ以外) | 41% | 31% |
| ビサヤ | 59% | 45% |
| ミンダナオ | 61% | 45% |
2-3. 自己評価の「貧困線」(回答者が自分で言う必要月額、中央値)
| 地域 | 生活に必要な月額 | 食費に必要な月額 |
|---|---|---|
| 全国 | ₱14,000 | ₱6,000 |
| メトロマニラ | ₱21,000 | (地域差大) |
| ルソン(マニラ以外) | ₱12,500 | ₱5,000 |
| ビサヤ・ミンダナオ | ₱10,000 | ₱5,000〜6,000 |
(出典:SWS 2026-08-14)
2-4. なぜ公式9.7%とSWS49%がここまで違うのか
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| ①測る対象が違う | 公式値は「支出額が貧困線を下回るか」という客観的・貨幣的測定。SRPは「自分が貧しいと思うか」という主観的測定。 |
| ②基準額が違う | 公式線は5人世帯で月₱14,634(2025年)。SWSの回答者が答える「必要額」の中央値は全国で月₱14,000だが、メトロマニラでは₱21,000。都市部では公式線が体感と大きく乖離する。 |
| ③時点が違う | 公式値は2025年の家計調査。SWS 2026年6月値は、その後の米価高騰(前年比+18%)と下位30%層のインフレ8.2〜8.5%を反映している(BusinessWorld 2026-08-24, 2026-08-25)。2025年は下位30%層のインフレが0.3%と例外的に低い年だった。 |
| ④分母が違う | 公式は個人(人口ベース)/世帯の両方を出すが、SRPは世帯(家族)単位。世帯ベース公式値6.4%と比べても差は約8倍。 |
| ⑤貧困線の低さそのもの | 上記の感度分析(30%引き上げで10.9%→22.8%)が示すとおり、線の位置が結果を強く左右する。 |
注 ただし「どこが貧しいか」の地域順位は両者でほぼ一致する(BusinessWorld 2026-08-24)。公式統計は「貧困の所在」を誤っているのではなく、「規模」を小さく見せている可能性が高い、という整理が妥当。
注 報道ベースでは、SWS の2025年第4四半期(12月)の自己評価貧困は37%まで下がったとされる(PNA 2026-01-20、Philstar 2026-01-20 の見出し)。注 この四半期値はSWSの原発表に到達できていない。四半期でのブレが大きい指標である点に注意。
注 別の民間調査(OCTA Research 2026年第2四半期)では39%(約1,030万世帯) が自らを貧困と回答したとされる(下院議員 Antonio Tinio の引用、BusinessWorld 2026-08-23)。SWSとOCTAでも値は異なる。
3. 地域別の貧困 ── BARMM・ミンダナオ・東ビサヤ
| 地域 | 貧困率(人口ベース) | 出典 |
|---|---|---|
| BARMM(バンサモロ自治地域) | 52.6%(2018年)→ 23.5%(2023年) | GMA Network 2024-08-16(PSA発表の報道) |
| サンボアンガ半島 | 2023年に全国最高(BARMMと並ぶ) | Philstar 2024-08-15 |
| メトロマニラ(NCR) | 全国最低(2025年で1.1%と報じられる) | BusinessWorld 2026-08-24 |
2023年時点で17地域中11地域が貧困率を低下させた(PNA 2024-08-15)。 構造的貧困はミンダナオ、ビコール、東ビサヤに集中しているという評価は2026年時点でも変わっていない(BusinessWorld 2026-08-24)。
注 「BARMMはもはや最貧地域ではない」という2024年の発表(BARMM政府, Manila Bulletin 2024-08-16)は、2018年の52.6%からの急落という文脈で読む必要がある。絶対水準はなお全国平均の約1.5〜2倍。
4. 4Ps(Pantawid Pamilyang Pilipino Program)── 条件付き現金給付
4-1. 法制化:RA 11310(2019年)
Republic Act No. 11310「Pantawid Pamilyang Pilipino Program (4Ps) Act」(2019年4月17日承認。上院法案2117号を2019年2月4日に上院可決、下院は2月7日に下院法案7773号の修正として採択、ドゥテルテ大統領署名)により、2007年から続く制度が法定プログラムになった。条文は LawPhil の原文で確認。(2026-08-26 検証で承認日を確定。出典:LawPhil ra_11310_2019.html 原文末尾 "Approved: April 17, 2019.")
| 条 | 見出し(原文) | 内容 |
|---|---|---|
| Sec. 3 | Definition of Terms | 「Poor」「Qualified Household-Beneficiaries」「Conditional Cash Grant」の定義 |
| Sec. 4 | The Pantawid Pamilyang Pilipino Program (4Ps) | 最長7年(maximum period of seven (7) years)。国家諮問評議会(NAC)が例外的に延長可 |
| Sec. 5 | Selection of Qualified Household-Beneficiaries | 標準化ターゲティング制度(STS)による選定。3年ごとに対象世帯を再検証(regular revalidation)する義務 |
| Sec. 6 | Eligible Beneficiaries | 農民・漁民・ホームレス世帯・先住民族・非正規居住者(informal settler sector)・電気のない地域を含む地理的孤立不利地域は自動包含。要件は(a)PSA貧困線とSTSに基づき poor and near-poor(貧困層および準貧困層) に分類、(b)0〜18歳の子または登録時に妊娠中の者がいること、(c)条件遵守の意思 |
| Sec. 7 | Conditional Cash Transfer to Beneficiaries | 給付額(下表) |
| Sec. 8 | Coverage in the National Health Insurance Program (NHIP) | 受給世帯はPhilHealthに自動加入 |
| Sec. 9 | Mode of Cash Transfer | 政府預託銀行(AGDB)経由 |
| Sec. 10 | Periodic Assessment | 定期評価 |
| Sec. 11 | Conditions for Entitlement | 妊婦健診・産後健診、予防接種、駆虫、出席率85%、月次家族開発セッション(FDS)出席 |
| Sec. 12 | Noncompliance with Conditions | 不遵守時の扱い |
| Sec. 24 | (罰則) | 不正は1か月〜1年の拘禁または₱1万〜₱10万の罰金 |
4-2. 給付額(RA 11310 第7条、原文)
| 区分 | 月額(「〜を下回らない」) | 年間上限月数 |
|---|---|---|
| 保育所・小学校の子1人あたり | ₱300 | 10か月 |
| 前期中等(junior high school)1人あたり | ₱500 | 10か月 |
| 後期中等(senior high school)1人あたり | ₱700 | 10か月 |
| 保健・栄養グラント(世帯あたり定額) | ₱750 | 12か月 |
これに加えて2017年からコメ補助(rice subsidy)が上乗せされている。
4-3. 規模と予算
| 項目 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 受給世帯数 | 2014-15年に400万世帯超、以後約440万世帯で横ばい | World Bank政策ノート(2024-07-05) |
| 対象世帯数の「上限」 | 440万世帯(2026年NEPの前提。マルコス大統領の予算演説でも「4,400,000 marginalized household beneficiaries」) | GMA 2025-08-13/Rappler 2025-09-09 |
| 同・実績 | 430万世帯超が3年間の最高実績で、注440万世帯の「上限」には達していないとされる | 下院CPBRD「DSWD Agency Budget Notes FY 2026」を引用した報道。注同PDF原本は bot 遮断により未到達(一次資料未到達) |
| 2023年の給付総額 | ₱715.7億(教育₱215.4億+保健₱273.1億+コメ補助₱227.2億) | 同上(DSWDデータ) |
| デジタル受給比率 | 2023年12月時点で94%がキャッシュカード、うち91%が基本預金口座 | 同上 |
| 2026年予算案(NEP) | ₱1,130億(うち₱984億が現金給付。AKAPはゼロ査定) | GMA Network 2025-08-13(本文)/Rappler 2025-09-09/DSWD公式 |
| 2026年予算(GAA確定) | ₱1,130億(DSWD総額 ₱2,644.5億、2025年GAA ₱2,158億から+22.5%) | DSWD公式(2026-01-30) |
| 2027年予算案(NEP) | ₱990.8億(DSWD全体 ₱2,416億、2026年GAA比 ▲8.6%) | Rappler 2026-08-15 |
| (参考)2027年の省庁要求額 | 4Psに約₱1,000億、DSWD全体で約₱2,700億 | DSWD公式(2026-07-28) |
| 卒業(graduation)世帯 | 累計160万世帯が卒業(2026年7月時点、DSWD公式)/注140万世帯(2022年以降の累計、ガチャリアンDSWD長官, 2026年5月) | DSWD公式(2026-07-28)/PIA 2026-05-01・GMA 2026-05-06 |
| 2026年の入替 | 50万世帯を「復元(restore)」。うち493,000世帯は2026年CBMS名簿から検証を経て新規登録予定。待機リストは40〜50万世帯 | DSWD公式(2026-03)/Philstar・PNA 2026-03-26/Daily Tribune 2026-05-06・2026-08-01 |
注(2026-08-26 検証で修正した3点) 1. 「2026年予算案 ₱1,299億」は誤り。 出典としたGMA記事(2025-08-13)は見出しに "P129.9 billion" と掲げているが、同記事本文はマルコス大統領の発言として「almost P113 billion」と書いており、Rappler(2025-09-09)・DSWD公式も一貫して ₱1,130億としている。2026年GAAの確定額も ₱1,130億である。見出しの数字を本文と突合せずに引かないこと。 2. 「2027年要求額=₱1,000億/DSWD全体₱2,700億」は"要求額"であって予算案ではない。 NEP(国家支出計画)ベースでは 4Ps ₱990.8億/DSWD全体 ₱2,416億。「要求額(agency request)」「予算案(NEP)」「確定額(GAA)」の3段階を書き分けること。 3. 「2026年に140万世帯が卒業」は誤読。 140万世帯は2022年以降に累積で卒業(delist)した数であり、2026年単年の数ではない。2026年に新規登録するのは50万世帯で、これは純増ではなく卒業分の一部復元である(ガチャリアン長官「Hindi tayo nagdadagdag. Nire-restore lang natin.」=「増やすのではなく、戻すだけだ」)。注なお同じ「累計卒業世帯」がDSWD公式(2026-07-28)では160万世帯とされており、時点と定義(delist基準)が異なるため両方を併記する。
4-4. 効果の評価(世銀・PIDS)
World Bank「Strengthening the Philippines' Pantawid Pamilyang Pilipino Program」(政策ノート、2024年7月5日、著者 Gudmalin, Cho, Rodriguez, Revilla)の要点:
(1)効果は確認されている - PIDS(フィリピン開発研究所)による第3波インパクト評価(2020年):6〜14歳の駆虫、0〜5歳のビタミンA投与・発育モニタリングを増加させた。教育効果は年長児でより顕著。 - 2011年評価:受給世帯の6〜36か月児の重度発育阻害が非受給世帯(基準値24%)比で10ポイント低い。12〜14歳の就学率は4Ps地域で約90%、非4Ps地域で84%。 - 台風ハイヤン(2013年)後、4Psが被災世帯の極貧転落を防いだ(Pfutze 2023)。コロナ禍でも食料安全保障を維持(Cho et al. 2021)。
(2)しかし深刻な設計上の問題がある
| 問題 | 内容(世銀2024) |
|---|---|
| 給付額の実質目減り | PIDS(Reyes 2022)によれば、4Ps法制定(2019年)以降、給付の実質価値は20%下落。インフレ調整の仕組みがない |
| ターゲティングの陳腐化 | 台帳「Listahanan」は4〜5年ごとの静的センサス。Listahanan 2 は3年遅れ、Listahanan 3 は2年遅れで公表 |
| 受給世帯の「上位化」 | 4Ps受給者のうち所得下位40%が占める割合が低下(2009年に第1五分位75%→2020年Q2に35%) |
| 妊婦・乳幼児の取りこぼし | 2016年の新規登録モラトリアム以降、受給世帯の高齢化が進み、0〜5歳児・妊婦の比率が大幅低下。「人的資本投資策としての役割が縮小」 |
| 7年上限の解釈 | 起算は2019年とするのが通説。子どもが中等教育を終える前に上限に達しうる |
(3)世銀の勧告:①最新台帳での再認定の迅速化、②静的台帳から動的社会レジストリへの移行、③国民ID(PhilSys)の横断利用、④給付額のインフレ連動メカニズム導入、⑤年齢層間の給付配分見直し、⑥ケースマネジメント(Kilos-Unlad枠組み)の継続、⑦複数の金融サービス事業者の選択容認。
(2026-08-26 検証で追記)PhilSys の根拠法は RA 11055「Philippine Identification System Act」(2018年8月6日承認)である(出典:LawPhil ra_11055_2018.html 原文題名および末尾 "Approved: August 06, 2018")。2026年の4Ps新規登録では、事前登録名簿をバランガイが15日間掲示して重複を防ぎ、本人確認をPhilSysで行う運用がとられている(DSWD/PNA 2026-03-26)。つまり RA 11055 は、RA 11310(4Ps法)と RA 11315(CBMS法)と並んで、貧困者特定の3本柱の1つになっている。
注 関連法:RA 11315(Community-Based Monitoring System法、2019年)により、貧困世帯の把握はDSWD主導のListahananからPSA実施のCBMSへ移行しつつある。RA 11291(Magna Carta of the Poor)はNEDAに単一の受益者分類制度の維持を義務づけている(いずれも世銀ノートが引用)。
5. 社会保険 ── SSS / GSIS / PhilHealth / Pag-IBIG
5-1. 全体像
| 制度 | 対象 | 根拠法 | 性格 |
|---|---|---|---|
| SSS(Social Security System) | 民間被用者・自営業・任意加入・OFW | RA 11199(2018年社会保障法) | 年金・障害・失業・出産・死亡・葬祭 |
| GSIS(Government Service Insurance System) | 公務員 | RA 8291(1997年) | 年金・分離給付・失業・障害・遺族・生命保険 |
| PhilHealth | 全国民(強制) | RA 11223(2019年ユニバーサルヘルスケア法) | 医療保険 |
| Pag-IBIG(HDMF) | 被用者・自営業 | Home Development Mutual Fund法 | 住宅貯蓄・住宅ローン |
SSSとGSISは完全に別制度で、加入者は原則どちらか一方。給付設計も保険料率も異なる。公務員がSSSに加入することはなく、逆も同じ。注 転職で官民をまたぐ場合はポータビリティ法(RA 7699)による通算が問題になる。
5-2. SSS ── 2025年で保険料引上げスケジュール完了、2026年は据置き
RA 11199 第4条(a)(9) が定める引上げスケジュール(LawPhil原文で確認):
| 年 | 保険料率 | 事業主 | 被用者 | 月額給与クレジット(MSC)下限 | 上限 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019-2020 | 12% | 8% | 4% | ₱2,000 | ₱20,000 |
| 2021-2022 | 13% | 8.5% | 4.5% | ₱3,000 | ₱25,000 |
| 2023-2024 | 14% | 9.5% | 4.5% | ₱4,000 | ₱30,000 |
| 2025年以降 | 15% | 10% | 5% | ₱5,000 | ₱35,000 |
同法第18条は、事業主が被用者分を給与から控除・源泉徴収する義務を定める(率は第4条(a)(9)に従う)。 2026年は15%のまま据置き。SSSは「2027年まで引上げなし」と表明している(報道:2026-02-26)。2025年1月1日施行の料率表はSSS Circular 2024-006〜010による(SSS公式サイト)。 MSCが₱20,000を超える部分はWISP(Workers' Investment and Savings Program)という積立型の第2階部分に回る。
2025〜2026年の動き(年金引上げ)
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 年金引上げ | 2025年9月開始、3年間にわたる引上げ。退職・障害年金は年10%、遺族・死亡年金は年5% | BusinessWorld 2026-06-02 |
| 第2トランシェ | 2026年6〜8月に前倒し実施(当初は9月予定)。対象は2026年5月31日時点の年金受給者 | 同上 |
| 追加給付額 | 6〜8月分で約₱60億 | 同上 |
| 保険料は上げない | 「年金は上げるが保険料は上げない」方針 | Philstar 2025-08-01(見出し) |
| 積立目標 | 2028年までに準備金₱2兆 | BusinessWorld 2026-02-27 |
| 収益目標 | 年間収入₱1,000億超の維持 | BusinessWorld 2026-08-13 |
注 「保険料を上げずに年金を10%×3年上げる」構造は、基金寿命(fund life)に対する持続可能性の議論を呼んでいる。RA 11199の料率引上げは2025年で打ち止めであり、追加財源は運用収益に依存する。
5-3. GSIS(公務員)
RA 8291 第5条(a) の原文(LawPhil で確認):
| 区分 | 本人負担 | 政府(雇用者)負担 |
|---|---|---|
| 最大AMC限度額まで | 9.0% | 12.0% |
| 限度額を超える部分 | 2.0% | 12.0% |
| 司法府の裁判官・憲法委員会委員(生命保険分) | 本人3.0% | 政府3.0% |
注(2026-08-26 検証で修正。旧版は司法府・憲法委員の行の政府負担を「―」としていたが、原文は "Members of the judiciary and constitutional commissioners shall pay three percent (3%) of their monthly compensation as personal share and their employers a corresponding three percent (3%) share for their life insurance coverage" と、雇用者側も3%を負担すると明記している。出典:LawPhil ra_8291_1997.html 第5条(a))
SSS(本人5%)よりGSIS(本人9%)の方が本人負担率が高く、政府負担率(12%)もSSS事業主分(10%)より高い。 合計21% 対 15%で、公務員側が手厚い。
同法が列挙する給付:①退職給付(一時金+終身老齢年金)、②分離給付、③失業/非自発的離職給付、④永久全部障害、⑤永久一部障害、⑥一時的全部障害(最長120日)、⑦遺族給付、⑧葬祭給付、⑨強制の生命保険、⑩任意保険。
注 失業給付と生命保険がGSISにはある点が、SSSとの大きな違い(SSSにも失業給付はあるが設計が異なる)。
5-4. PhilHealth ── 2025年の積立金移管をめぐる最高裁判断
(1)保険料率
RA 11223 第10条が定める料率表(LawPhil原文で確認):
| 年 | 料率 | 所得下限 | 所得上限 |
|---|---|---|---|
| 2019 | 2.75% | ₱10,000 | ₱50,000 |
| 2020 | 3.00% | ₱10,000 | ₱60,000 |
| 2021 | 3.50% | ₱10,000 | ₱70,000 |
| 2022 | 4.00% | ₱10,000 | ₱80,000 |
| 2023 | 4.50% | ₱10,000 | ₱90,000 |
| 2024 | 5.00% | ₱10,000 | ₱100,000 |
| 2025 | 5.00% | ₱10,000 | ₱100,000 |
注 2023年は大統領命令により4.0%に凍結された(PhilHealth Circular 2019-0009 の注記)。法定は4.5%だったが実際は4%。古い資料に4.5%と書かれている場合は要注意。 2025年・2026年とも5%据置き(PhilHealth、PIA 2026-05-14/2025-12-18 の報道)。上限₱100,000のため、月額保険料の上限は₱5,000(労使折半)。
(2)積立金の国庫移管と最高裁判決
2024年、政府はPhilHealthの「余剰資金(excess funds)」計₱899億を国庫に移管させる方針を取った。これに対し複数の違憲訴訟が提起された。
最高裁判決(2025年12月3日言渡し、プレス・ブリーファー2025年12月5日)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事件番号 | G.R. No. 274778(Pimentel v. House of Representatives)/G.R. No. 275405(Colmenares v. Executive Secretary)/G.R. No. 276233(1Sambayan Coalition) |
| 主任裁判官 | Associate Justice Amy C. Lazaro-Javier |
| 表決 | ₱600億の返還命令は全員一致、規定の無効宣言は多数意見 |
| 主文① | 2024年一般歳出法(GAA)第XLIII章 Special Provision 1(d) を無効 |
| 主文② | 財務省 Circular No. 003-2024 を無効(重大な裁量権濫用) |
| 主文③ | 既に移管された₱600億の返還を命令 |
| 主文④ | 残る₱299億の移管を恒久的に禁止 |
| 法的根拠 | RA 11223 第11条(準備金)、Sin Tax法の目的税、憲法上の健康への権利 |
| 判旨 | 「PhilHealth資金はプールされた社会保険資金(pooled social insurance funds)」であり、流用はユニバーサルヘルスケアと健康権を損なう |
RA 11223 第11条は「準備金が上限を超える場合、超過分は給付の拡充と保険料の引下げに用いる」と定めており、国庫移管はこれに反すると判断された。 政府は上訴しない方針を表明(2025年12月26日報道)、₱600億は2026年5月に返還された(Inquirer 2026-05-08 の見出し)。
(3)PhilHealthの財務状況(2026年)
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 2026年第1四半期 純損失 | ₱228.46億(2025年同期は₱179億の損失) | BusinessWorld 2026-08-23 |
| 準備金(2025年末) | ₱3,090億 | 同上 |
| 2026年 保険料収入目標 | ₱2,460億 | 同上 |
| 2026年 給付支払見込み | ₱3,790億 | 同上 |
| 未収の目的税(Sin tax)配分 | ₱530億 | 同上 |
注 給付が保険料収入を大きく上回る構造で、幹部自身が「当面は損益均衡しない。給付パッケージ強化が方針だから」と述べている。2025年の「移管」問題は、この赤字構造と表裏一体である。
(4)給付拡充(2025〜2026年) - YAKAP(プライマリケア):4,287か所のクリニックで3,300万人超をカバー(PhilHealth公式、2026-05-15) - GAMOT:年間₱20,000相当の無料医薬品(PhilHealth公式、2026-06-04、Zamboanga Sibugay で開始) - 母子医療給付の拡充・症例別定額(case rate)の合理化(PhilHealth Advisory PA2026-0046) - 注 「階層別(tiered)給付」構想には批判も出ている(BusinessWorld 2026-07-15)
5-5. Pag-IBIG(HDMF)
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 月額拠出 | 2024年2月から₱200(従来₱100から倍増)、労使それぞれ | PIA 2024-02-04/Philstar Life 2024-01-18 |
| 未納事業主 | 事業主分₱200の未納には罰則 | PIA 2025-03-21 |
| 2025年の会員貯蓄 | ₱1,604.1億(前年比+21%、過去最高) | PNA 2026-02-11 |
| うちMP2貯蓄 | ₱835.1億 | Manila Bulletin 2026-02-11 |
| 2025年配当 | ₱643.4億(過去最高。2024年は₱556.5億) | Inquirer 2026-02-28 |
| 配当率(2025年) | 通常貯蓄6.62%/MP27.12% | GMA Network 2026-02-27 |
| 住宅ローン実行額 | ₱1,405.4億 | PIA 2026-03-10 |
注 Pag-IBIG は社会保険というより強制貯蓄+住宅金融。老後所得保障の主役ではない。注 拠出上限の根拠となる「月額基金給与(Monthly Fund Salary)₱10,000」は本調査で原典未確認。
6. その他の社会扶助 ── AICS・AKAP・社会年金・食料スタンプ
6-1. AICS(Assistance to Individuals in Crisis Situation)
DSWDが危機に直面した個人・世帯に給付する緊急支援。医療費、埋葬費、交通費、教育費、食料など。
| 項目 | 数値(2026年上半期) | 出典 |
|---|---|---|
| 受給者数 | 420万人超(1〜6月) | DSWD公式(2026-07-16) |
| 支給総額 | ₱279億超 | 同上 |
| 内訳:医療 | ₱138億(最大) | 同上 |
| 内訳:現金救済 | ₱84億 | 同上 |
| 内訳:食料 | ₱30億超 | 同上 |
| 内訳:埋葬 | ₱19億超 | 同上 |
| 上位地域 | 中部ルソン59.1万人/CALABARZON 58.2万人/NCR 42.5万人 | 同上 |
2026年6月から医療支援は現金給付から「保証状(guarantee letter)」方式へ移行し、薬局・病院・検査機関との提携を拡大している(DSWD公式、2026-06-25)。注 現金の不正流用対策と考えられる。 災害時の救援物資受給には貧困証明(proof of indigency)は不要とDSWDが明言(2026-08-25)。
6-2. AKAP(Ayuda sa Kapos ang Kita Program)── 2026年に廃止
「収入が足りない人への支援」を意味する低所得就業者向け現金給付。2024年予算で急拡大したが、2026年一般歳出法(GAA)で予算ゼロ=事実上廃止された。
| 時系列 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 2025-08-13 | 2026年予算案(NEP)でAKAPをゼロ査定。4Psは₱1,130億(注2026-08-26 検証で修正。GMA見出しの「P129.9 billion」は同記事本文の「almost P113 billion」と矛盾する) | GMA Network 2025-08-13/Rappler 2025-09-09 |
| 2025-09-10 | DSWD予算削減で「約700万人が現金支援を失う可能性」 | BusinessWorld |
| 2025-09-24 | 上院、AKAP復活に反対を表明、DSWD予算₱1,410億削減を問題視 | PNA |
| 2025-12-17 | 両院協議会がAICSに₱638億を配分することで合意 | Inquirer |
| 2025-12-22/23 | 監査委員会(COA)が、AKAP資金₱9.26億が不適格受給者・二重払いに流れたと報告 | Rappler/Philstar |
| 2026-01-18/19 | DSWD「2026年のAICS ₱639億でAKAPの旧受給者360万〜390万人を吸収できる」 | DSWD/PNA |
注 AKAPは「政治的バラマキ(ayuda)」批判と会計検査の指摘を受けて廃止され、その財源はAICSに統合されたという理解が正確。AICSの2026年予算が急増したのはこのため。
6-3. 高齢者の社会年金(Social Pension)
- 注この₱500は「制定時原文」であって現行法ではない。 RA 9994 第5条(h)(1)(2010年の制定時原文)は「Indigent senior citizens shall be entitled to a monthly stipend amounting to Five hundred pesos (Php500.00)」と定めるが、下記 RA 11916 により改正済み(2026-08-26 改正確認。注LawPhil 掲載の RA 9994 本文は制定時原文のままで₱500と表示されるので、そのまま現行法として引かないこと)。
- RA 11916(2022年7月30日承認)「AN ACT INCREASING THE SOCIAL PENSION OF INDIGENT SENIOR CITIZENS AND APPROPRIATING FUNDS THEREFOR, AMENDING FOR THE PURPOSE REPUBLIC ACT NO. 7432...」により、月額「₱1,000を下回らない」額へ引上げ。改正対象として掲げられているのは RA 7432(1992年の高齢者法)「as amended」であり、RA 9994 はその RA 7432 を改正した法律という関係にある(「改正法の番号」と「改正された先の番号」を区別すること。実務上は「RA 9994 as amended by RA 11916」と表記される)。2024年2月から₱1,000で支給開始(SunStar/ABS-CBN 2024-01-22)。
- 同法は、DSWDがDBMの承認を得て2年ごとに額を見直す(CPIと経済指標を勘案)と規定。
- 2026年にさらに50万人を追加登録する計画(PIA 2026-01-14)。
- 注 「高齢者は月₱12,000もらえる」といった誤情報が流布したことがある(Rappler ファクトチェック 2024-03-13)。正しくは月₱1,000。
6-4. Walang Gutom Program(食料スタンプ)
- EBTカードに月₱3,000分の食料クレジットを給付し、Kadiwa 等の指定店で食品を購入させる仕組み(DSWD公式)。
- 対象は Listahanan 3 に基づく最貧1,000万世帯のうち下位100万世帯を目標(プログラム名は「Walang Gutom 2027」)。
- 受給者の飢餓経験が7.2ポイント低下したと大統領府が発表(PCO 2025-09-03)。
- 併設の「Walang Gutom Kitchens」は2026年上半期に30万2,561食を提供、2027年までに全国12か所へ拡大予定(DSWD公式)。
7. 高齢者・障害者の割引制度(20%割引+VAT免除)
| 対象 | 根拠条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 高齢者(60歳以上) | RA 9994 第4条(a)(2010年) | 「the grant of twenty percent (20%) discount and exemption from the value-added tax (VAT), if applicable」 |
| 障害者(PWD) | RA 7277(障害者マグナカルタ)第32条(a) ── RA 10754 第1条(2016年3月23日承認)により改正されたもの | 「At least twenty percent (20%) discount and exemption from the value-added tax (VAT), if applicable」 |
注(2026-08-26 検証で表記を修正)旧版は「RA 10754 第32条(a)」と書いていたが、RA 10754 には第32条は存在しない。同法は全6条で、第1条が「Section 32 of Republic Act No. 7277, as amended … is hereby further amended」と定めて RA 7277 第32条を書き換える構造である。本資料群が RA 6657/RA 9700 について立てた「改正法の条と改正先の条を混同しない」ルールは、ここでも同じく適用される(出典:LawPhil ra_10754_2016.html 原文。末尾 "Approved: MAR 23 2016")。同じ理由で、「RA 9994 第4条(a)」も厳密には「RA 7432 第4条(a)(RA 9257・RA 9994 により改正)」である(下記 7 節末尾の改正系列表を参照)。
RA 9994 第4条(a) が列挙する対象(9項目) ①医薬品・ワクチン・医療用品/②私立施設の医師報酬/③在宅医療専門職報酬/④医科・歯科サービスおよび検査/⑤公共陸上交通運賃/⑥国内航空・海運運賃/⑦ホテル・レストラン/⑧劇場・娯楽施設入場料/⑨葬祭サービス
RA 7277 第32条(a)(RA 10754 第1条による改正後)が列挙する対象(8項目) ①ホテル・宿泊・レストラン・レクリエーション施設/②劇場・映画館・コンサートホール・サーカス等/③ドラッグストアの医薬品/④公立医療機関の医科歯科・検査/⑤私立病院の医科歯科/⑥国内航空・海運/⑦陸上交通(バス、ジプニー、タクシー、LRT、MRT、PNR)/⑧PWD死亡時の葬祭
注 「20%割引」と「VAT免除」は別々の恩典で、両方適用されると実質的な値引きは20%より大きくなる。注 事業者側は割引額を税務上の損金(deduction)として処理する扱いで、実質的に民間事業者が費用を負担する制度である点が制度設計上の論点。 注 RA 9994 の20%割引は「レストラン」を含むが、購入者本人の消費分に限られる(グループでの按分が実務上の争点になる)。
(2026-08-26 改正確認)RA 9994 の改正状況
| 条 | 状態 | 改正法 |
|---|---|---|
| 第4条(a)(20%割引+VAT免除) | 現行のまま。2026年8月時点で改正法は確認できない | — |
| 第5条(h)(2)(PhilHealth強制加入) | 改正済み。RA 10645("Approved: NOV 05 2014"。正式名称="AN ACT PROVIDING FOR THE MANDATORY PHILHEALTH COVERAGE FOR ALL SENIOR CITIZENS, AMENDING FOR THE PURPOSE REPUBLIC ACT NO. 7432, AS AMENDED BY REPUBLIC ACT NO. 9994...")により、制定時原文の「indigent な高齢者」から「60歳以上全員」へ拡大。改正対象は条文上「Section 5, sub-paragraph h(2) of Republic Act No. 7432, as amended」と明記されている | RA 10645 |
| 第5条(h)(1)(社会年金₱500) | 改正済み。RA 11916(2022-07-30)により₱1,000を下回らない額へ | RA 11916 |
注 RA 9994 自体が RA 7432(1992)→ RA 9257(2003)→ RA 9994(2010) と続く改正の系列の一つである。その後さらに RA 10645(2014)・RA 11916(2022)が重なっているので、「RA 9994 の条文」を引くときはこの2本による改正の有無を必ず確認すること(出典:LawPhil ra_11916_2022/最高裁E-Library RA 11916・RA 10645)。
8. インフォーマル・セクターと社会保障の空白
8-1. 規模
| 指標 | 2025年 | 2023年 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 脆弱雇用(vulnerable employment=自営業主+無給家族従業者)比率 | 33.62% | 34.26% | World Bank WDI(SL.EMP.VULN.ZS、ILOモデル推計) |
| 自営業(self-employed)比率 | 36.15% | 36.80% | World Bank WDI(SL.EMP.SELF.ZS、ILOモデル推計) |
就業者の約3分の1が、雇用契約に基づかない働き方をしている。 注 これらはILOのモデル推計であり、PSAの労働力調査(LFS)原表による「インフォーマル・セクター」の定義とは一致しない。PSAの公式定義による最新値は本調査では原表未到達(注 一次資料未到達)。
8-2. 空白の構造
| 制度 | インフォーマル層の位置づけ | 問題 |
|---|---|---|
| SSS | 「自営業(Self-Employed)」「任意加入(Voluntary)」区分で加入可能 | 事業主負担分がなく、15%全額を本人が負担。所得が不安定で継続納付が困難 |
| GSIS | 対象外 | ― |
| PhilHealth | 全国民強制加入。貧困層は政府が保険料を代納(indirect contributors) | 保険料は納めていなくても給付は受けられる建前だが、実際の受診には自己負担が残る |
| Pag-IBIG | 自営業も加入可 | 同じく本人全額負担 |
| 4Ps | 0〜18歳の子/妊婦がいる貧困世帯のみ | 子どものいない貧困世帯・単身高齢者は対象外 |
| 社会年金 | 貧困高齢者に月₱1,000 | 額が小さい |
結果として、「4Psの対象にならず、SSSにも実質的に入れない」層が最も脆弱。政府もこれを認識しており、2026年の施政方針演説(SONA)でマルコス大統領がインフォーマル層にSSS・Pag-IBIGへの拠出を呼びかけている(GMA Network 2026-07-27、PNA 2026-07-27)。SSSは市場の露天商・バイクライダー等を対象にした出張登録キャラバンを展開(PIA 2026-07-15)、配車サービス Angkas のライダー5万人のSSS加入覚書(2024-07-31)などの動きがある。
注 ただしこれらは数万人〜数十万人規模であり、約1,600万人規模の脆弱雇用層に対しては桁が違う。制度的空白は解消していない。
9. 送金 ── 事実上の「もう一つの社会保障」
9-1. 規模
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 現金送金(銀行経由)2025年 | US$356.3億(過去最高) | BSP発表の報道(BusinessWorld 2026-02-17、PNA 2026-02-16) |
| 2025年12月単月 | US$35億(月次最高) | GMA Network 2026-02-16 |
| 2026年1〜5月 | US$141億 | Gulf News 2026-07-13 |
| 個人送金の対GDP比(2025年) | 8.53% | World Bank WDI(BX.TRF.PWKR.DT.GD.ZS) |
| 同(2017年ピーク) | 9.99% | 同上 |
注 対GDP比は緩やかに低下している(2017年9.99%→2025年8.53%)。金額は増えているがGDPの伸びの方が速い。「送金依存が高まり続けている」という説明は指標によっては誤り。
9-2. なぜ「社会保障」として機能するのか
| 機能 | 公的制度の代替として |
|---|---|
| 医療費 | AICS(審査・書類が必要)より速い。実際、AICSの最大費目が医療費(2026年上半期₱138億)であること自体が、公的医療保障の穴を示す |
| 教育費 | 4Psの教育グラント(月₱300〜700)は学費全体に対して小さい |
| 失業・災害時の保険 | 送金は景気逆相関的に増える傾向があり、SSS失業給付の薄さを補う |
| 老後 | SSS年金が薄い層にとって、子からの送金が事実上の年金 |
| 住宅 | Pag-IBIGローンの頭金・返済原資 |
注 この構造の弱点は、①送金は制度でないので権利として請求できない、②送金を受けられるのは海外就労者を出せた世帯だけで、最貧層ほど海外に出られない(渡航費・語学・仲介費用の壁)、③受入国の景気・政策(中東の情勢、日本・北米の移民政策)に左右される、という点。送金は「貧困層の社会保障」ではなく、むしろ中間層の下支えとして働きやすい。
10. 読み解きの要点(まとめ)
- 2025年の公式貧困率9.7%は本物の改善だが、水準の低い貧困線(1日約₱96)に依存している。 線を30%上げれば世帯貧困率は倍増する(PSA自身の感度分析)。
- 公式9.7%とSWS 49%(2026年6月)の乖離は、客観測定と主観測定の違い+基準額の差+調査時点の差(2025年は下位30%層インフレ0.3%、2026年は8.2〜8.5%)で説明できる。地域の順位は両者で一致する。
- 4Psは効果が実証された制度だが、給付の実質価値は2019年比で20%目減りし、ターゲティングは静的台帳で陳腐化している(世銀2024)。対象上限は440万世帯(実績は最高430万世帯超)、2022年以降の累計卒業は140〜160万世帯、2026年に50万世帯(うち新規登録49.3万世帯)を「復元」する入替期にある。2026年GAAの4Ps予算は₱1,130億、2027年NEPは₱990.8億と減額提案されている。注(2026-08-26 検証で、旧版の「2026年予算案₱1,299億」「2027年要求額₱1,000億」「2026年に140万世帯が卒業」を修正)
- 2025年最大の制度事件はPhilHealth積立金の国庫移管をめぐる最高裁判決(G.R. No. 274778 ほか、2025年12月3日)。GAA特別条項とDOF回状を無効とし₱600億の返還を命じ、₱299億の移管を恒久禁止した。根拠はRA 11223第11条。
- AKAPは2026年に廃止され、財源はAICS(₱639億)に統合された。 COAが₱9.26億の不適正給付を指摘したことが背景。
- 就業者の約3分の1(脆弱雇用33.6%、2025年ILO推計)が制度の外側にいる。 事業主負担のない自営業区分では保険料15%を全額自己負担する必要があり、加入が進まない。
- 年間US$356億(2025年)の送金が事実上の社会保障として機能しているが、権利性がなく、最貧層には届きにくい。
11. 主要出典一覧
一次資料
- LawPhil:RA 11310(4Ps法、2019-04-17承認)第4〜12条・第24条/RA 11199(社会保障法2018)第4条(a)(9)・第18条/RA 8291(GSIS法1997)第5条(a)/RA 11223(UHC法2019)第10条・第11条/RA 7432(高齢者法1992、RA 9257〈2003〉・RA 9994〈2010〉第4条により改正された第4条(a)、RA 10645〈2014-11-05〉により改正された第5条h(2)、RA 11916〈2022-07-30〉により改正された第2条(j)・第5条(h)(1))/RA 7277(PWDマグナカルタ)第32条(a)(RA 10754〈2016-03-23〉第1条により改正)/RA 11055(PhilSys法、2018-08-06承認)
- (2026-08-26 検証)上記の法令番号・承認日・条番号はすべて LawPhil 原文(ra_11310_2019 / ra_11199_2019 / ra_8291_1997 / ra_11223_2019 / ra_9994_2010 / ra_11916_2022 / ra_10754_2016 / ra_10645_2014 / ra_11055_2018)で再照合済み。
- 最高裁(sc.judiciary.gov.ph):PRESS BRIEFER December 05, 2025/Yearender 2025(G.R. No. 274778 / 275405 / 276233、2025年12月3日言渡し)
- DSWD公式:2026-08-21(貧困率9.7%)/2026-07-28(2027年予算要求)/2026-07-16(AICS上半期実績)/2026-06-25(保証状方式)/2026-08-25(災害救援)
- PhilHealth公式:Circular 2019-0009 保険料表/2026年アドバイザリ一覧/2026-05-15(YAKAP)/2026-06-04(GAMOT)
- SSS公式:2025年1月施行料率表(Circular 2024-006〜010)
- SWS:Social Weather Report 2026-08-14(2026年6月調査)、2026-05-08(3月調査)、2025-04-12(2025年3月調査)
- World Bank:WDI API(SI.POV.NAHC / SI.POV.DDAY / SI.POV.LMIC / SL.EMP.VULN.ZS / SL.EMP.SELF.ZS / BX.TRF.PWKR.DT.GD.ZS)
- World Bank「Strengthening the Philippines' Pantawid Pamilyang Pilipino Program: Policy Note」2024-07-05(PDF原文を全文抽出して参照)
二次資料 - BusinessWorld(2026-08-21 / 08-23 / 08-24 / 08-25、2026-06-02、2026-02-27、2026-08-13、2026-08-23) - PNA、PIA、GMA Network、Philstar、Inquirer、Rappler、Manila Bulletin の各報道(本文中に日付を明記)
注 PSAの公式リリース原表(psa.gov.ph)は bot 遮断により到達できなかった。 貧困統計の細目(2025年の食料貧困率、地域別の全17地域値、食料貧困線の額)は本版では未収載である。次版でPSA原表の入手を要する。